『竜とそばかすの姫』成功はアニメと歌の関係性にあり? 連載「アニメ定点観測」スタート
映画ライターの杉本穂高と批評家・跡見学園女子大学文学部准教授の渡邉大輔が話題のアニメ作品を解説しながら、現在のアニメシーンを掘り下げていく企画「シーンの今がわかる!アニメ定点観測」。
第1回目は、興行収入59億5000万円を突破し、細田守監督史上最大のヒットとなった『竜とそばかすの姫』をピックアップ。本作の様々な引用、『君の名は。』以降のアニメと歌の関係性、さらには細田守が描いてきたネット世界などを語っていく(本稿は2021年8月にYouTubeチャンネル「Real Sound Movie」にて公開された動画を記事化したもの)。(編集部)
『美女と野獣』モチーフによる国内外での評価の差
杉本穂高(以下、杉本):渡邉さんは本作をご覧になっていかがでした?
渡邉大輔(以下、渡邉):前回の『未来のミライ』が非常にミニマムな作りの作品だったので、次回はそこからどう飛躍するのか気になっていたんですけど、新海誠監督の『君の名は。』を観たときの印象に近いものを感じました。『竜とそばかすの姫』(以下、『竜そば』)のパンフレットに掲載されたインタビューで細田監督は「小さい作品を作ったので、今度はすごく大きい作品を作ろうと思った」とおっしゃっていましたが、結果的に夏休みの娯楽大作として非常に面白い作品になりましたね。
杉本:興行収入も50億円を突破して調子がいいみたいですね。前作の『未来のミライ』は4歳の男の子を主人公にするという例外的な作品でした。あまりない題材かつ小さい物語でもあったので「夏休み映画としてどうなの?」と言われていましたが、今回は堂々たる夏休み映画といえるのではないでしょうか。
渡邉:細田監督はミニシアターでやるようなインディペンデントな題材を扱っていましたが、東宝としてはバジェットを大きく売りたい。ここ数年の作品は、細田監督と東宝の意向がうまくマッチングしていないようにも思ったんです。ですが、今回の作品は『美女と野獣』というメジャー大作がモチーフになっている。ディズニー版『美女と野獣』といえば、細田監督が東映動画に入社した年に全米公開された作品で、細田監督自身も大きな影響を受けてるんですよね。つまり、プライベートなモチベーションに基づいて作られている。それが、東宝の狙いとうまくいっている感じがしますよね。
杉本:そうですね。本作のキーワードですが、「『美女と野獣』のモチーフ」、「10年おきに描かれたインターネット」、「細田監督のヒットメーカーとしての振る舞い」の3点が挙げられると思うので、ひとつずつ掘り下げていきたいと思います。まず『美女と野獣』がモチーフになっていたことについて、渡邉さんはいかがでしたか?
渡邉:すごく単純な答えですけど(笑)、細田監督は人と動物の話が好きな方だと思うので、まずはそこにあるんじゃないかなと思います。『竜そば』に関しては、ピクサーでキャラクターデザインをやっていたジン・キムさんを招いて「U」の世界がデザインされていて、ベルや竜の動かし方、テクスチャーもディズニーっぽかったですよね。
杉本:ジン・キムさんのキャラクターデザインは本当に素晴らしかったですね。ディズニー的な衣装を纏ったことで、逆にディズニーとの違いを感じます。ディズニー作品は時代に合わせた理想的なロールモデルを提示している一方で、細田監督はそれに対する興味があまりない気がするんですよね。それよりも細田監督ならではの等身大のキャラクターを肯定することに興味がある人なんだろうなと。それはベルが最後にアバターを脱いで歌うシーンでも明らかだと思います。
渡邉:あの展開は細田さんっぽいなと思いましたね。
杉本:『美女と野獣』をモチーフにしたことで、国際的な評価と国内的な評価でかなり差が出ると思います。日本のアニメ文脈からすると「こんな有名な作品をモチーフにするなんて」といやらしさを感じるという意見もあると思うんですよ。でも国際的にはその方がわかりやすい。『美女と野獣』は行動的な女の子が勇気を持って誰かを助けるという話で、90年代にジェンダーロールを刷新した物語でもあります。普通の女の子であるヒロインが竜を助けるという『竜そば』の物語は、北米市場の文脈で好意的に受け止められるんだろうなと思います。
渡邉:なるほど。僕は『美女と野獣』というよりも、先ほども名前を挙げた『君の名は。』の方が頭に浮かんだんですよね。全編にわたってmillennium paradeと中村佳穂さんの楽曲をちりばめてミュージックビデオ的に展開していく手法は、『君の名は。』以降のアニメーション映画を踏襲していると思います。2010年代は『夜明け告げるルーのうた』、『きみと、波にのれたら』、『空の青さを知る人よ』といった「歌」を物語に取り入れられた映画が増えていますよね。細田監督自身はミュージカル映画としての『美女と野獣』をやろうとしていたと思いますが、現代のアニメーションの文脈で振り返ると『君の名は。』がリファーされているように感じて。
杉本:ミュージカルプレイではない形で歌を前面に出す演出は、アニソン文化的なカルチャーも引き継いだ上でアウトプットされたものですよね。
渡邉:それが結果的に難点をクリアすることにも繋がったと思います。『バケモノの子』以降、細田監督が脚本を担当するようになって、厳しい評価をされることもあったと思うんです。
杉本:ありましたね。
渡邉:でも今回は、そういうMV的な構成によって物語の展開がモジュール化されることで、それが結果的に脚本の展開の穴をうまくカバーしているなと。なので、『竜そば』でもツッコみたくなる展開はあったんですけど、作品としては気になりませんでした。ただ、『未来のミライ』の次はこういう感じで来るのか、とは思いましたが。
杉本:そうなんですよ。『未来のミライ』の反動でこういう作品になったのかもしれませんね。
渡邉:『竜そば』によって『バケモノの子』と『未来のミライ』がまた違う見え方をしてきます。そういう意味でも、この作品は細田監督作のターニングポイントになりそうです。
杉本:なるほど。そうですね。