マルチバース化の可能性で話題 サム・ライミ版『スパイダーマン』を今こそ振り返る

 『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』の予告編がバズったことで改めて注目されているのが、2002年〜2007年の間に製作されたサム・ライミ監督×トビー・マグワイアによる『スパイダーマン』3部作です。というのも『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』にはサム・ライミ版スパイダーマンのヴィラン、ドック・オク(『スパイダーマン2』)、グリーンゴブリン(『スパイダーマン』)が次元を超えて登場するから。サム・ライミ版のファンだった方にとっては嬉しく、そしてこの3作をまだ観たことのないファンにとっては新鮮な驚きでしょう。

『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』予告1

 このコラムではサム・ライミ版スパイダーマンが、アメコミ映画史においていかに重要な作品だったのかについて振り返ってみたいと思います。

 スパイダーマン映画化の噂は1980年ごろから噂されていました。当時は1978年(日本公開1979年)に『スーパーマン』が大ヒットし、1989年に『バットマン』が公開され社会現象と言えるメガヒットとなります。80〜90年代はDCのスーパーヒーロー映画が主流でした。こうした中、マーベルのヒーロー物にも注目が集まったのですが、DCがワーナー傘下で大作映画化への道が開けていたのに対し、その時のマーベルは諸般の事情で映画化権がぐちゃぐちゃになっていました。90年代にはあのジェームズ・キャメロンがスパイダーマンの映画化に名乗りをあげるのですが、やはり映画化権の問題で彼はあきらめてしまいます。要はスパイダーマンの映画化権は自分たちにあると主張する面々が多数いて、こじれまくっていたのです。

 この問題は法廷まで持ち込まれたのですが、最終的にスパイダーマンの映画化権をソニー・ピクチャーズが獲得しました。なぜソニーがスパイダーマンの映画権を獲得できたのか? 諸説あるのですが、実はソニーは、前身となるコロンビア映画時代に、1977年に製作されたスパイダーマンの実写テレビドラマシリーズのビデオ販売権を持っていました。そしてこのドラマシリーズのパイロット版を海外で劇場公開する権利も獲得していたのです。日本では1978年にホラー映画『溶解人間』とこのスパイダーマンのパイロット版が2本立てで劇場公開されていますが、この時の配給会社はコロンビア映画となっています。これが有利に働き、改めてソニーがスパイダーマンの実写映画化権を手に入れたようです。こうして映画化に向けて一気に動き出します。

 このソニー×スパイダーマンと歩調を合わせるかのように、ニューライン・シネマが『ブレイド』、20世紀フォックスが『X-MEN』の映画化権を手に入れ動き出します。結果、1998年(日本公開1999年)に『ブレイド』がスマッシュヒット、2000年に『X-メン(1作目のみ、日本では“メン”表記)』が大ヒット、そして2002年に『スパイダーマン』が公開されメガヒットとなります。

 これらはいずれも続編が作られ、2000年代初期のハリウッド映画の人気シリーズとなります。これらの成功によりハリウッドはマーベルに注目するようになり、一方マーベルは「それならば自分たちで映画を作ろう」ということで、2008年に『アイアンマン』を製作&公開、マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)が始まるわけですね。

 僕はマーベル原作映画が陽の目をみるきっかけになったのは『ブレイド』『X-メン』『スパイダーマン』の3作の手柄と思っているのですが、その中でも『スパイダーマン』の功績が一番大きいと思います。

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