『DAU. ナターシャ』主演女優が壮大なプロジェクトの舞台裏を語る 「面白い体験でした」

 全国公開中の映画『DAU. ナターシャ』より、主演のナターリヤ・ベレジナヤのインタビューが公開された。

 第70回ベルリン映画祭銀熊賞(芸術貢献賞)を受賞した本作は、いまや忘れられつつある「ソヴィエト連邦」の記憶を呼び起こすために、ロシアの奇才イリヤ・フルジャノフスキーによる「ソ連全体主義」の社会を再現した前代未聞のプロジェクトの映画化第1弾。

 秘密研究都市にあるカフェで働くウェイトレス・ナターシャの目を通し、観客は独裁の圧制のもとでたくましく生きる人々と、美しくも猥雑なソ連の秘密研究都市を体感していくことになる。そして、巨大な迷宮の入り口であると同時に、当時の政権や権力がいかに人々を抑圧し、統制したのか。その実態と構造を詳らかにし、その圧倒的な力に翻弄される人間の姿を生々しく捉えていく。

 本作で主人公・ナターシャを演じたベレジナヤは、もともと女優ではなく、「DAU」プロジェクトのためにセットが組まれたウクライナの大都市ハリコフにあるマーケットで働いていたごく普通の一般人。そこでプロジェクトのキャスティングスタッフの目に留まり、オーディションを経て撮影に参加することになったという。そして、かつて料理人であった彼女自身の経歴をもとに、秘密研究都市に併設されるカフェに配属となり、決められた勤務時間の間はこのカフェでプロジェクトに関わるスタッフを含む全員に食事を提供することになった。

 ベレジナヤはこれまでメディアによるインタビューを受けてこなかったが、その理由について「ジャーナリストが好きではないからです。彼らは何も知らずに記事を作り上げるし、多くの記者がそうだと思っています。私がフルジャノフスキー監督にインタビューを受けたくないと言うと、『受けたくないのであれば受けないでいいですよ。記者に対するあなたの考えは知っているから』と言ってくれました」と率直に語る。

 ベレジナヤはこのセットに2008年から1年半ほど滞在。ハリコフ在住だったため、1日の仕事が終わるとセットを一旦離れ自宅に戻り、翌日またセットに戻るという生活を送っていた。そのことについてベレジナヤは、「研究所には2つのアパートがあり、そこに住んでいる人もいましたが、私は仕事のように毎日そこに行きました。私は女優ではなく独立した従業員だったと思います。私はいつでも去ることができました。他の俳優たちも同じように去ることができましたが、彼らはそこに住むことを選んだのです」とコメント。このような特殊な撮影環境について、「私たちは最初にこの選択を提示されていました。私はセットを出入りすることに快適さを感じたのです。私は撮影の間も自分自身の仕事を辞めていなかったので、2つの仕事を両立する必要がありました」と語る。

 また、ナターシャとして働いたカフェについて、「そこでは会計報告、商品の受け入れ、納品書、そして収益の引き渡しを備えた本物のカフェでした。最初の頃はそろばんを使って鉛筆で書き留めていましたが、しばらくすると羽ペンとインク壺が支給されました。スタ
ッフがインク壺を持ってきて、『ナターリヤ、これはあなたのためのインクと羽ペンです』と言ったとき、最初の30分間は頭がおかしくなると思いました(笑)。私の白いエプロンはすぐに真っ黒になりました。そこで一緒に働いていたオリガ・シカバルニャ(オーリャ役)はショックを受けていましたね。でも全体としてものすごく面白い体験でした」と振り返る。

 ベレジナヤがカフェに配属された初日について、「スタッフが、テーブル、冷蔵庫、電気オーブン、ソーセージ、レンガのパン、2つのやかん、2つのティーポット、お茶、グラス、スプーンを持ってきて、『10分後に人が来る。彼らにサンドイッチとお茶を用意してほしい』と私に言いました」と明かす。カフェで働いている間、カメラクルーたちが撮影に来ることについて常に事前に知らされていた訳ではなかった。彼女は、「例えば、彼らが研究所のどこかで撮影していて、そこで撮影されている人たちが『飲みに行こう』という風になれば、カメラが彼らを追いかけてやってきます」と説明する。そうした予告なしの撮影が行われることについて、「これは事前に監督側と合意をしていたことでした。一方で、撮影をやめてその場を去りたいと思った時は、カメラを見るというルールもありました」と明かす。研究所に入る時点で監督と話した上で決められたこのルールについて、ベレジナヤは撮影中一度も使わなかったという。

 本作の撮影を通じてトラウマを負ったと思うかという質問には、「映画を観た人達が、私のどこを見てそう思ったのか私には理解できません。なぜなら私は今も元気で、普通に生活をしているからです。何か嘘を作ろうとしている人たちの行動は、私には奇妙に思えます」と否定する。他に暴力的な場面が繰り広げられているのを目にすることはあったかという質問も、あわせて否定した。

 ベレジナヤは、約1年半の研究所の生活を経てプロジェクトから離脱したという経緯を持つ。その理由について、「自分の年齢のこともあり、実生活と両立させることが難しくなってきたので、実生活を選んだのです」と自分自身の理由によるものだったと説明する。ベレジナヤは昨年のベルリンに出品された『DAU. Degeneration(原題)』も鑑賞。「私はもうそこにいませんでしたが、映画を見たとき、実は驚き、ショックを受けました。『Degeneration』は私にとっては『DAU. ナターシャ』の続きのように思えたのです。ここに出てくるオーリャを愛しいと感じ、私まで泣いてしまいました」と感想を語る。

 彼女はほかの「DAU」プロジェクトの作品の何本かを鑑賞しているそうで、「このプロジェクトは本当に大変な作業であり、想像を超える多大な努力によるものです」と称賛を寄せた。

 なお、本作がフランスで関係者向けに上映された際、イタリアの女優モニカ・ベルッチも鑑賞したという。ベレジナヤは、彼女とのやりとりについて「モニカは映画に満足したようで、私の手を握りなでてくれました。彼女は、映画のことを『とても素晴らしく、美しい』と言ってくれました。私のことをものすごく気に入ってくれたようです」と語る。ベルリンでは作品に感銘を受けた観客たちと交流もしたという。「隣に座った男性は泣いていて、ウクライナのドキュメンタリー作家は私にキスをし、抱きしめてくれました」とエピソードを明かした。

 最後に、「撮影から時を経た今、もし再びプロジェクトへの参加をオファーされたとしたら?」という質問には、「私は間違いなく参加することに同意するでしょう。そこに関わらなかった人や、短い間しかそこにいなかった人は理解できないかもしれませんが、私たちはそこで生活をしたのです」と答える。さらに「そこでの生活は、私の祖母が送ったような生活だったと思います。古いソヴィエトの貴族の子孫であった私の曽祖母は、何者かに当局に報告されたせいで相続権や財産を失いました。曽祖父は、小麦の袋を見て当局に知らせた隣人のせいで撃たれました」と家族が経験してきた過酷な歴史を語る。その上で、ベレジナヤは、「当時の新聞や本を読んだこともありますが、私はこのプロジェクトを通じて、曾祖父や曾祖母のような人生を送ってきた人のように生き、それは彼らのことを学ぶという体験でもありました。もし少なくとも一度研究所を訪れたら、私のそういう考えも理解することができたでしょう。私は1年半の間、毎日そういう生活を送りました。それは、外の人生がもはや存在しなくなるほどに強烈なことで、まるでタイムマシンのようでもあるのです」と締めくくった。

■公開情報
『DAU. ナターシャ』
シアター・イメージフォーラム、アップリンク吉祥寺ほか全国公開中
監督・脚本:イリヤ・フルジャノフスキー、エカテリーナ・エルテリ
出演:ナターリヤ・べレジナヤ、オリガ・シカバルニャ、ウラジーミル・アジッポ
撮影:ユルゲン・ユルゲス
配給:トランスフォーマー
2020年/ドイツ、ウクライナ、イギリス、ロシア合作/ロシア語/139分/ビスタ/カラー/5.1ch/原題:DAU. Natasha
(c)PHENOMEN FILMS 
公式サイト:www.transformer.co.jp/m/dau/ 
公式Twitter:@DAU_movie 
公式Instagram:@DAU_movie

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