坂元裕二が描き続ける恋と愛の狭間 『花束みたいな恋をした』が突き付ける世知辛い現実

 2015年から2020年に至るまでの数々のサブカルチャーのトピックが羅列され、その海を泳ぐように生きる主人公2人の姿に、同時期に同じ事象を体験し、同じ映画・演劇を観て、同じ音楽を聴いた観客が同化し、自分自身の5年間と重ねることができるというのが、この映画の一つの特色である。

 だが、それと同時に、「1カット千円のイラストの仕事が、いつの間にか3カット千円に変わっている」というエピソードをはじめとした、作り手を志すことのシビアさ、就職にまつわる様々な過酷さ等、現代社会を、殊更に「東京」をサバイブする若者たちを取り巻く、世知辛い現実もまた羅列される。

 お揃いの白のジャックパーセル。「ほぼうちの本棚じゃん」と絹が言わずにはいられなかった麦の本棚。2人で買ったこだわりの家具に、花束、ワイン、近所のパン屋の焼きそばパン。ほとんど同じ価値観を持つ2人の、この上なく最高な、煌めくような淡い色をした同棲生活。でもそこに「就職」に纏わるワード、彼らのリクルートスーツをはじめとした黒色のアイテムがちらほらと映り込み始めたとき、彼らと物語は俄かに変貌し始める。「心の友」との邂逅に歓喜のあまり泣きながら観ていたとある観客の涙が、じわじわと目の奥に引っ込んでいったほどに。

 坂元裕二は、これまで多くのカップル・夫婦の葛藤を描いてきた。『最高の離婚』における光生と結夏(尾野真千子)は、震災をきっかけに心を通わせ、同棲期間を経て結婚するが、価値観と生活習慣が致命的に噛み合わない2人であったために苦労する。幹生の一目惚れから始まった『カルテット』の巻夫婦が「愛してるけど好きじゃない」という境地に行きついてしまったのも、好きな映画や本に纏わる互いの感性の圧倒的な不一致だった。

 ではなぜ、冒頭に示される限りでは、最初から最後まで価値観が一致していたと思える2人、互いを自分自身だと過信しそうなほど盛り上がっていた2人の恋は死を迎えるのか。悶えずにはいられない結末、ドラマ『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』(フジテレビ)の音と練が迎えた結末とは違う、坂元裕二が描く「20代前半に出会った男女の恋愛」の極北を劇場で堪能してほしい。

■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住。学生時代の寺山修司研究がきっかけで、休日はテレビドラマに映画、本に溺れ、ライター業に勤しむ。日中は書店員。「映画芸術」などに寄稿。
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■公開情報
『花束みたいな恋をした』
全国公開中
出演:菅田将暉、有村架純、清原果耶、細田佳央太、韓英恵、中崎敏、小久保寿人、瀧内公美、森優作、古川琴音、篠原悠伸、八木アリサ、押井守、Awesome City Club、PORIN、佐藤寛太、岡部たかし、オダギリジョー、戸田恵子、岩松了、小林薫
脚本:坂元裕二
監督:土井裕泰
製作プロダクション:フィルムメイカーズ、リトルモア
配給:東京テアトル、リトルモア
製作:『花束みたいな恋をした』製作委員会
(c)2021『花束みたいな恋をした』製作委員会
公式サイト:hana-koi.jp

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