池松壮亮が歩む映画旅 “沈黙”の2020年から、2021年『アジアの天使』『柳川』への期待
充実した過去作についてはいくら紙数があっても語り尽くせないが、過去はこのへんにして未来について語ろう。沈黙の2020年などと先ほど書いたが、実際の沈黙はほんの数カ月だったようだ。初夏以降は活動再開し、『ぼくたちの家族』『バンクーバーの朝日』『夜空は~』『町田くんの世界』と数多く組んでいる石井裕也監督、オダギリジョーらと共に韓国に渡って撮りあげた新作『アジアの天使』は今年公開予定だそうだし、NHKドラマ『あなたのそばで明日が笑う』は今年3月に放送予定である。
さらに特筆すべきは『春の夢』『キムチを売る女』『慶州 ヒョンとユニ』といった、韓国映画の動向から完全に逸脱した異才・張律(チャン・リュル)監督が、福岡県柳川市でロケした新作『柳川』にも出演していることだ。張律は中国東部の延辺朝鮮族自治州で生まれ育ったいわゆる朝鮮族で、パスポートは中国人である。いわば、韓国にも中国にも完全には属さぬコスモポリタン的な立場にあるが、そんな彼が『慶州 ヒョンとユニ』において、現在の南北朝鮮の源流を築いた王朝、新羅の古都にロケーション撮影を敢行し、芝生に覆われた巨大な古墳の前で男女の果たされぬ欲望を、鷹揚なる時間感覚で活写したとき、そこには「朝鮮半島はわが血筋の故地ではあるが、わが身体は百代の過客にすぎない」という諦念がたしかに刻印されていた。
そんな張律監督が『福岡』『柳川』と立て続けに九州・福岡県で2本の映画を撮影した。福岡県は「漢委奴國王印(かんのわのなのこくおういん)」の金印が出土したことで知られるとおり、古代北東アジア交流の只中にあった土地柄である。福岡出身の池松壮亮が『柳川』において、新羅の古都・慶州にとっての張律同様の百代の過客の心境のまま画面に収まっていているとしたら、それは2020年代のあらたな北東アジアの交通のありようとして非常に刺激的な構図だと思える。2021年、池松壮亮の動向を注視したい。
■荻野洋一
番組等映像作品の構成・演出業、映画評論家。WOWOW『リーガ・エスパニョーラ』の演出ほか、テレビ番組等を多数手がける。また、雑誌「NOBODY」「boidマガジン」「キネマ旬報」「映画芸術」「エスクァイア」「スタジオボイス」等に映画評論を寄稿。元「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン」編集委員。1996年から2014年まで横浜国立大学で「映像論」講義を受け持った。現在、日本映画プロフェッショナル大賞の選考委員もつとめる。
■放送情報
『あなたのそばで明日が笑う』
NHK総合・BS4Kにて、3月6日(土)19:30〜放送(73分)
作:三浦直之
出演:綾瀬はるか、池松壮亮、土村芳、二宮慶多、阿川佐和子、高良健吾ほか
制作統括:磯智明
プロデューサー:北野拓
演出:田中正
写真提供=NHK