『その男、東京につき』はただの武道館までの回顧録ではない ラッパー・般若の“強さ”の源を痛感
映画では般若へのインタビューを中心に、彼を取り巻く関係者にもマイクを向けて、般若の過去と武道館ライヴのパフォーマンス(現在)を交互に構成。曲が生まれた背景を紹介することで、般若が武道館でライヴをやる重みが次第に伝わってくる。主にアーティストとしてのキャリアを振り返った前半は、日本のヒップホップファンにとって興味深い内容だろう。BAKUやGAMIといった同志たち、t-Ace、R-指定、T-Pablowといった後輩たちが般若の知られざる横顔を語るなか、出番を待っていたAIが般若にマイクを奪われたエピソードは、当時の現場のヒリヒリした様子を臨場感たっぷりに伝えてくれる。
そして、映画が進むにつれて、般若のプライベートに深く触れられていく。例えば子供の頃にいじめにあっていたこと。ついにキレた般若が、いじめっ子を待ち伏せして袋叩きにしたこともあった。いじめっ子が年上だったことから、それ以来、般若は上下関係が気にくわない。さらに、物心ついた時には家にいなかった父親との複雑な関係。長渕剛の歌が、不在だった父親の代わりに生き方を教えてくれたという。そして、その長渕との交流が般若をアーティストとして成長させることになる。
これまで般若が曲の題材にしてきたことが本人の口から赤裸々に語られていくが、般若の語り口は真っ直ぐで、言葉の一つ一つに迷いがない。とくに印象的なのは、大きく見開かれた目だ。自分をさらけ出して怯まない、その鋭い眼差しは相手だけではなく、自分自身にも常に向けられてきた。ジムでハードなトレーニングを続けるのはコンサートのためだけでなく、自分の弱さと向き合うためでもあるのだろう。武道館という大きな目標を自分に課したのも自分を鍛え上げるため。その孤独な戦いを周りの仲間たちが、そして、大勢のファンが自分の物語のように共感して、コンサートで手を振り、涙を流す。武道館コンサートを見たZeebraは、そこにアメリカからの借り物ではない、純和製のヒップホップの誕生を見たという。だとすれば、この映画は般若のライフストーリーというだけではなく、日本のヒップホップの歴史を捉えたドキュメントでもあるのだ。
映画の最後、武道館のコンサートで、「今日は今日だ。また次に行こう」と般若は観客に声をかける。武道館はゴールではなく、あくまで通過点。この映画は成功者が恵まれた場所から過去を振り返る回顧録ではない。社会から押さえつけられてきた男にとって、最前線で歌い続けることが最大の復讐であり、これからも戦い続ける強い決意が映画から伝わってきた。
■村尾泰郎
音楽と映画に関する文筆家。『ミュージック・マガジン』『CDジャーナル』『CULÉL』『OCEANS』などの雑誌や、映画のパンフレットなどで幅広く執筆中。
■公開情報
『その男、東京につき』
ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開中
出演:般若、Zeebra、t-Ace、R-指定(Creepy Nuts)、T-Pablow、Gami、BAKU、松井昭憲ほか
監督・編集:岡島龍介
撮影監督:手嶋悠貴
エグゼクティブプロデューサー:ショガト・バネルジー、ジョン・フラナガン、福井靖典、松本俊一郎
プロデューサー:上田悠詞
製作:A+E Networks Creative Partners
協力:昭和レコード
配給:REGENTS
配給協力:エイベックス・ピクチャーズ
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公式サイト:HANNYAMOVIE.JP