『エール』は“元気を届ける”朝ドラの本質を突いた作品に 吉原光夫が“岩城さん”として歌った意図

 これまで吉原へのインタビューやトークイベントのゲストとして直接話を聞く中で、彼の口から良く出たのが「ライブやコンサートで歌うのは恥ずかしいし、どうにも苦手。役の人物として物語の中で歌うのとはまったく違うから」という言葉。

 そこから思うに、NHKホールの舞台で歌ったのは“吉原光夫”ではなく100%“馬具職人・岩城”なのだ。きっと彼の中には「岩城がうっかりNHKのど自慢に出場」とか「天国のコンサートで仲間たちと一緒に歌唱」という自分だけのストーリーがあったのだろう。書き添えておくと、吉原は劇団四季の出身。退団後は史上最年少(当時)でミュージカルの金字塔『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャン役を担い、2011年から同役を演じ続けている。

 「エールコンサート」でトリを飾ったのは裕一の指揮で音が歌う「長崎の鐘」。劇中での音は歌手として大舞台に立つという夢の前に倒れ、違う形で音楽と歩む道を選択したが、“カーテンコール”で夢は叶った。数えきれない観客を前にして歌う彼女の白いドレス姿を指揮棒を振りながら嬉しそうに見つめる裕一とその視線に応える音。まさに互いを照らす星のような夫婦のラストシーンである。

 『エール』はかつてない事態に見舞われる朝ドラとなった。コロナ禍による収録の休止、放送中断。脚本の変更も多々あったと思われる。ドラマとして完璧だったかと問われれば、正直不格好な部分もあるが、『エール』にはそれを飛び越える力があった。

 本来ならばオリンピックで世界中の人が東京を訪れ、高校球児たちが甲子園で熱戦を繰り広げ、劇場では人の心を打つ舞台が毎日上演されていたはずの2020年。今、それとは違う世界を生きながら、『エール』から手渡されたたくさんのギフトを思い返す。

 朝ドラに何を求めるかは人ぞれぞれだ。が、毎日暗いニュースが流れ、不安な毎日を過ごす中、愛すべき登場人物たちのエール交歓に私たちも元気をもらった。先が見えない日々の中でオンエアされた朝ドラがこの作品で良かったと心から思う。

 たくさんの「エール」をありがとう。きっとずっと記憶に残る朝ドラになる。

■上村由紀子
ドラマコラムニスト×演劇ライター。芸術系の大学を卒業後、FMラジオDJ、リポーター、TVナレーター等を経てライターに。TBS『マツコの知らない世界』(劇場の世界案内人)、『アカデミーナイトG』、テレビ東京『よじごじDays』、TBSラジオ『サキドリ!感激シアター』(舞台コメンテーター)等、メディア出演も多数。雑誌、Web媒体で俳優、クリエイターへのインタビュー取材を担当しながら、文春オンライン、産経デジタル等でエンタメ考察のコラムを連載中。ハワイ、沖縄、博多大吉が好き。Twitter:@makigami_p

■放送情報
連続テレビ小説『エール』
2020年3月30日(月)~11月28日(土)予定(全120回)
※9月14日(月)より放送再開
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45
※土曜は1週間を振り返り
出演:窪田正孝、二階堂ふみほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/yell/

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