A・キュアロン監督の抜擢がテーマと合致 転換期となった『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』

 さて、ダークな色合いが濃くなり始める本作では、ハリーの両親の殺害を手引きしたとされるシリウス・ブラック(ゲイリー・オールドマン)脱獄事件と、ハリーが悩まされることになる吸魂鬼(ディメンター)への恐怖が中心にドラマが描かれていく。

 ディメンターの見た目は、ホラー映画のクリーチャーとしても相当不気味な部類に入り、子どもの観客にとっては怖すぎると感じられるかもしれない。だが、そのおそろしさには背後に深い意味が存在している。

 原作者J・K・ローリングは、自身が20代に離婚を経験した後、うつの症状に悩まされ、自殺を考えたこともあったと語っている。そして、忍び寄り人間の魂を吸い取るというディメンターは、そんな症状を引き起こすものの象徴として書かれているという。

 ハリーは、何度かディメンターによって被害を受けることで、「なぜ僕は他の人よりディメンターに影響されるのか」と、疑問に思う。それは、ハリーがホグワーツ魔法魔術学校の他の生徒よりも、ショッキングでつらい過去を背負っているからだろう。傷つけられた人ほど、世の中に悲観しやすいのだ。

 本作に登場する、新しく「闇の魔術に対抗する防衛術」の授業を担当するリーマス・ルーピン(デヴィッド・シューリス)先生は、ディメンターに悩まされるハリーに、「それは、弱いということじゃない」と語りかける。

 そう、どんなに精神力のある人間でも、経済力や健康な肉体を持っていても、人生の不幸はやってくる。そして、ふいに絶望の波が襲ってきて、ふさぎ込んだり最悪の決断をしてしまう場合もある。われわれも、いつそのような思いにとらわれてしまうか分からないのだ。

 本作から、リチャード・ハリスに代わってマイケル・ガンボンが演じるダンブルドア校長は、新学期の生徒たちに「明かりを灯す」というメッセージを贈る。暗闇のなかにあっても、自ら明かりを探しだして自分の心を照らし出すことが、人間には必要なのだ。それは、本作のタイトルが出現する際に、ハリーの魔法「ルーモス(光よ)」が印象的に唱えられることでも強調されている。

 そしていよいよディメンターに追い詰められたとき、唯一対抗できる魔法が、自分の守護霊を呼び出すという、防衛魔法のなかでも難しいといわれる「エクスペクト・パトローナム(守護霊を待ち望む)」だ。その霊体は人間のポジティブな感情を具現化したものである。霊体の姿が人によって異なるように、一人ひとりの生きる希望や、生きる楽しみには様々なかたちがある。それだけに、ハリーが土壇場で、自分の力によって苦難を乗り越えようとする姿が感動的なものとして映る。人間は、どんなに周囲の助けがあったとしても、自分の意志や気持ちを最終的には自分自身で動かさなければならないのだ。

 本作『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』は、あくまでシリーズ中の一作に過ぎない。しかし本作単体でも、人生を生き抜く知恵や、傷ついた人間への思いやりが描かれている。大人に近づき、大人のように悩み始めるハリーの姿と、自分の意志によって問題を乗り越える姿は、暗い話題や悲劇的な出来事が増えている、いまこそ見られるべきものではないだろうか。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■放送情報
『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』
日本テレビ系にて、11月6日(金)21:00〜23:24放送
※放送枠30分拡大
原作:J・K・ローリング
監督:アルフォンソ・キュアロン
出演:ダニエル・ラドクリフ、ルパート・グリント、エマ・ワトソン、ゲイリー・オールドマン、マギー・スミス、アラン・リックマン
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