『エール』森山直太朗の藤堂先生は完璧なキャスティングだった 切なく響いた戦場の歌声

 うわあ、これ。間違いなく辛い展開が……。

 NHK連続テレビ小説『エール』第75話を観た人は、誰もがそう思っただろう。教師を辞して軍人になった、古山裕一(窪田正孝)、村野鉄男(中村蒼)、佐藤久志(山崎育三郎)の恩師である藤堂先生(森山直太朗)。藤堂先生は、故郷福島に帰った3人に会い、鉄男に、「出征することが決まった。俺のために歌を書いてくれ」と伝える。陸軍制作の戦意高揚映画の主題歌「暁に祈る」の歌詞を何度書いてもボツだった鉄男は、先生に捧げるつもりで書き上げる。陸軍からOKが出て、楽曲「暁に祈る」はヒットする。

 その「暁に祈る」に送られるように、出征して行く藤堂先生。遠ざかる父の背中を見つめる息子、憲太(宇佐見謙仁)と、はらはらと涙を流す妻、昌子(堀内敬子)──どうでしょう。戦争が終わって無事に帰って来ました、なんてことになろうはずがない展開でしょう、どうやったって。

 そして、第18週「戦場の歌」。第86話で、ビルマの首都ラングーンに慰問に訪れた裕一は、藤堂先生が前線の駐屯地にいることを知る。第87話では、危険で過酷な前線に行く決意がつかないまま10日間を過ごすも、腹をくくって(というほど簡単な経緯ではなかったが)前線に出向き、藤堂先生と再会する。

 藤堂先生が自分の率いる隊の中から探しておいた、楽器経験者の3人(ギター、打楽器、トランペット)と引き合わされた裕一は、ラングーンのホテルにいる間に書き上げた「ビルマ派遣軍の歌」を慰問会で演奏することに決め、「歌ってください」と藤堂先生に依頼。一瞬戸惑うも、「みんなの元気のためだ、やるよ」と引き受けた藤堂は、4人と一緒にリハーサルで歌う……というのがここまでのお話。

 よく知られているように、藤堂先生が参戦しているインパール作戦は、後に「史上最悪の作戦」と言われたほど無謀な戦いであり、まともな戦略もないまま精神論だけで戦いに挑んだ日本軍は、ひどい敗戦を喫した。前線にいた兵士たちは、飲水も食べ物もろくにないし、怪我や病気を治療するすべもない状態であり、戦う以前に餓死や病気で命を落とすようなありさまだった。

 余談だが、朝ドラ『ひよっこ』(NHK総合)で峯田和伸が演じた宗男おじさんは、このインパール作戦で奇跡的に生き残った兵士であり、そのことが彼の人生に一生消えない影を落としている、というキャラクターだった。

 前線から戻って来た洋画家の中居潤一(小松和重)に、前線の悲惨な実態を知らされた裕一は、戦意高揚のための曲を作り続ける自らに、疑問を持つようになる。いや、その前から持っていたが、さらに決定的に、強く持つようになる。音楽は、人を幸せにするためのものではないのか? 自分は、人を不幸に向かわせるために曲を作っているじゃないかと。

 第18週の第87話、88話を観ていると、間違いなく『エール』におけるエポックな週であることが伝わってくる。

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