『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』は“衝撃的なテーマを描いた人間ドラマ” 監督が解説
「世間にあふれているわざとらしい演技に対抗した」
ーー前回のインタビューで、「自分たちが考えるジョークは自分たちの深層心理だから、『スイス・アーミー・マン』はある意味で僕たちのセラピー的な作品でもある」と話していました。今回の『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』はあなたにとってどのような作品になったでしょう?
シャイナート:前作と同じような存在だね。この作品もジョークとして始まった。この題材を映画にしたらどうなるかって。観客に仕掛けるジョークだね。でも実際に作り始めてみて、やりがいがあったし、深くのめり込んでいったし、次第に本気で取り組むようになり、ただのジョークではなくなったんだ。大切な人から秘密を隠すことや、周囲からのプレッシャーについて考えるのは、前回と同様、セラピー的だった。前作もそうだったけど、作り終えて何カ月も何年も経った今でも、この映画が僕にとってどういう意味を持っていたのか、考えてしまうんだ。僕が隠している秘密や恥じていることは、撮影当時は人に話す勇気なんてなかった。ビリーについても、映画を撮り終えてから知ったことがある。でもそれは誰にでも当てはまることだと思うんだ。この映画は、自分とはあまりにもかけ離れていて理解できない部分もあるけれど、誰もが仮面を被っているという意味では共感できるはずだ。
ーーあなたは映画のタイトルにもなっているディック・ロング役で俳優デビューも果たしていますが、どのような経緯で出演することになったのでしょうか? チャニング・テイタムとジャスティン・ティンバーレイクに断られたという話も聞きましたが……。
シャイナート:2人に断られたのには、いろんな理由があると思う。ジャスティン・ティンバーレイクのエージェントやマネージャーは、彼に作品を観せることすら難色を示したらしい。ディック・ロング役はセリフが少ないから、有名人に頼みやすいと思ったんだけどね。地元の役者などを検討していたら、ビリーが僕の名前を挙げたんだ。僕は地元の人々に、南部をバカにしていると思われたくなかった。だから最も恥ずかしい役を僕が演じることで、「僕も映画に参加しているよ」と周囲に示したかったのかもしれない。僕にとってはセラピー効果もあった。死んでいるシーンが多いし、決して楽しい役ではないけど、恥ずかしい役を演じるのは思ったほど悪くなかった。僕の両親はいい顔をしなかったけどね。
ーーファンタジー的な演出もあった前作『スイス・アーミー・マン』とは異なり、本作ではミステリーやサスペンスを基調とした現実主義的な演出が印象的でした。もちろん作品の内容に沿った部分も大きいとは思いますが、演出面ではどのようなことにこだわりましたか?
シャイナート:本作は何よりも脚本が気に入ったんだ。実は役者を目指していた時期があって、演劇学校にも通っていた。でも、オーディションの流れや、セレブばかり追いかけている業界の傾向が気に食わなかった。現場で完璧なカメラアングルを見つけるために、役者が同じセリフを繰り返し言わされる習慣もイヤだった。だから本作では、それに対抗しようと思ったんだ。役者が演じやすい雰囲気を作り出し、人間的で気まずくて、リアルな瞬間を捉えるようにした。カメラアングルのために、何度もセリフを言わせるなんてあり得ない。リアルなストーリーを描き、リアルな演技を追求して、世間にあふれているわざとらしい演技に対抗したのさ。
ーー再びダニエル・クワンとタッグを組む次回作『Everything Everywhere All at Once』はどのような作品になるのでしょう?
シャイナート:これまでの作品と同じくクレイジーだ。ミシェル・ヨーがどんなリクエストにも応えてくれたのが、今でも信じられない。彼女は今までカメラの前で見せなかったような、“恥ずかしい”演技をやってくれた。すばらしい女優だし、一緒に働けて最高にラッキーだと思う。まだ撮影が少し残っているけど、今年中に完成できたらと思っているよ。
■公開情報
『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』
ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテほかにて公開中
監督:ダニエル・シャイナート
脚本:ビリー・チュー
出演者:マイケル・アボット・ジュニア、ヴァージニア・ニューコム、アンドレ・ハイランド、サラ・ベイカー、ジェス・ワイクスラー、ロイ・ウッド・ジュニア、スニータ・マニ
配給:ファントム・フィルム
原題:The Death of Dick Long/2019年/アメリカ映画/ビスタサイズ/100分/PG12/字幕翻訳:佐藤恵子
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公式サイト:phantom-film.com/dicklong-movie
公式Twitter:@dicklong_jp