『劇場版 SHIROBAKO』は時代を表現する作品に 水島努監督の作家性を3つのポイントから探る

 2つ目の魅力は映像と音楽の合わせ方だ。水島努作品からは一種の狂気ともいえる迫力を感じることがあるのだが、それは今作でも健在。中盤のミュージカル描写では、過去の名作アニメやアイドルアニメなどの特徴を捉えたオリジナルキャラクターたちが、TVアニメ版でも話題となったエンゼル体操を踊っている。何十人ものキャラクターが一斉にうさぎ跳びをしながら歌う姿は、冷静に考えてみるとなかなか奇怪な映像になっている。何も知らずにそこだけを抜き取って鑑賞した場合には、コメディシーンや、あるいはホラー描写のように見えるのではないだろうか? しかし本作を鑑賞している最中では感動シーン、あるいはワクワクするような喜びの多いシーンとなっている。

 独特の狂気を感じるミュージカルシーンは、水島努監督の過去作にも共通している。短編劇場アニメの『クレしんパラダイス!メイド・イン・埼玉』では、みさえが便秘のために機嫌が悪くなるが、お通じがよくなった時の喜びをミュージカルで表現している。お通じについて語った歌詞は『クレヨンしんちゃん』映画らしいおバカな笑いとなっているが、本気で作られたミュージカル描写はコメディでありながらも、感動も覚えるのだ。その後も『ジャングルはいつもはれのちグゥ!』や『大魔法峠』などでも、歌と映像がリンクする楽しいOPでありながらも、不穏な歌詞や金閣寺が炎上するなどの映像が組み合わさり、シュールな笑いを取り入れるなど、独特のセンスが発揮されている。笑いの取り方やバランスもシンエイ動画に在籍していた経験からくるものだろう。

 本作では木下監督の描き方にコメディの特徴が現れている。木下監督の外見は同じ“水島”姓のアニメ監督である水島精二監督をモデルにしているが、その内面は作中でも屈指のギャグキャラクターとして描かれている。自身の現状に絶望しているという意味ではアニメーターの遠藤と立場は同じながらも、遠藤は奥さんに支えられているのに対して、木下監督は家族だけでなく愛する犬も家を出ており、より一層悲壮感が漂うと共に笑いを生んでいる。木下監督には水島努監督自身を投影している部分もあるだろうが、決してカッコよく描かず、あえて外そうという意図が感じられる。 

 3つ目の魅力は群像劇の描き方だ。『ガールズ&パンツァー』シリーズにも共通するのだが、本作は登場人物の数が非常に多い。名前付きのキャラクターだけでも50人はゆうに超えており、それだけ多くの人が1作のアニメ制作に関わっているということを表現している。同時に作品として見た場合には、観客がキャラクターを覚えきれず、混乱する自体になりかねない。しかし、各キャラクターたちの性格や役職がわかりやすく、それぞれに個性を感じるように描写されているため、テレビシリーズ未見であっても、混乱が少ないように描写されている。

 今回は水島努監督の作家性に着目してきたが『SHIROBAKO』が語るように、アニメ制作というのは監督のみでできるものではない。TVシリーズ23話のラストで主人公の宮森あおいが涙を浮かべるシーンが特に話題を呼んだが、この原画を担当した石井百合子にはファンから花束が送られたという。アニメーターがどのシーンに携わっているのかは、一介のファンにはわかりづらく、彼らが注目を浴びる機会が声優などに比べると少ないかもしれない。しかし、キャラクターを描き、動かしているアニメーターたちがいなければアニメ表現は成立しない。本作は、そんなアニメーターたちの技術と努力を正面から活写することにより、卓越した技術を持ったアニメーターが注目されるきっかけになった。

 『SHIROBAKO』シリーズは本作で完結したようにも受け取れるものの、続編の制作の余地も残されているように感じられた。できれば、5年おきにでも制作され、その時代時代のアニメ業界を反映している作品になってほしいという思いもある。“アニメの今”を描き切った作品だからこそ、この先もアニメの今を描き続けていくことで、時代の移り変わりや水島監督やP.A.WORKSの変化などもわかり、より日本アニメ界を語るのに欠かせない作品になってほしい。

■井中カエル
ブロガー・ライター。映画・アニメを中心に論じるブログ「物語る亀」を運営中。
@monogatarukame

■公開情報
『劇場版 SHIROBAKO』
全国公開中
原作:武蔵野アニメーション
監督:水島努
脚本:横手美智子
キャラクターデザイン:関口可奈味
声の出演:木村珠莉、佳村はるか、千菅春香ほか
アニメーション制作:P.A.WORKS
(c)2020劇場版「SHIROBAKO」製作委員会
公式サイト:shirobako-movie.com
公式Twitter:@shirobako_anime

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