『映像研には手を出すな!』映像制作の悲喜こもごもをどう描く? 湯浅政明・英勉監督の起用を考える

 次にロケーションだ。本作の主な舞台となる芝浜高校は、湖の上に建っているという特異な設定で、街は香港の九龍城地区のように路地や建物が雑多に入り組んでいる。アニメならどんな世界でも描けるだろうが、実写映画はそうはいかない。上野プロデューサーは、芝浜高校のような場所は現実にはないので、要素を抽出して美術やロケーションでできるだけ再現、さらにロケーションは一箇所に絞るのではなく、複数の場所で行い、それを組み合わせたそうだ。

 『映像研』は背景ディテールが詳細に描きこまれており、作品世界が大変に魅力的だ。あのような街は、歩くだけでイマジネーションを多いに刺激するだろう。実写化成否の鍵はロケーションが握っていると筆者は考えている。

 そして、本作の肝となる3人の制作時の空想シーンだが、上野プロデューサーは「アニメと実写を融合させる様なアプローチではなく、VFXの力も借りながら、基本的には実写ならではの方法論で表現しています」と語っている。英勉監督は『ヒロイン失格』でも主人公の妄想を実写で再現することに挑戦している。本作の見せ場となる空想への飛躍を実写でどのように表現するのか、監督の手腕が問われる。

 イマジネーション豊かな本作の映像化には、絵で何でも表現可能なアニメーションの方が基本的には適しているだろう。しかし、本作はむしろ実写に有利と思えるシーンもある。例えば、3人が作ったアニメの上映会のシーンがあるが、アニメキャラがアニメを観ているよりも、生身の人間がアニメを観ている方が創作物への感動を表現しやすいかもしれない。ここは、アニメ版プロデューサーの坂田氏も前述の対談で指摘している点で、湯浅監督も作中の登場人物と作品内で制作されたアニメをどう区別するかを悩んだという。

 そして、主人公の1人、カリスマ読者モデルで両親が役者という設定の水崎ツバメに関しては、実写の方が説得力を生みやすいだろう。何しろ、実在のアイドルが演じるのだから。電車内で水崎のファンに遭遇するシーンがあるが、一瞬でアニメオタクからカリスマモデルの顔に切り替わりファン対応する芝居などは、アニメよりも生身の人間の方が表現しやすいかもしれない。

 もう一つは生身の人間の芝居とアニメの芝居の違いの表現だ。両親が役者で小さい頃から芝居を観る機会が多かった水崎は、テレビ番組でアニメーターが作画のために刀を振っている姿を観て、アニメーターが役者であることに気が付いたのだと言う。原作漫画ではここで1コマだけアニメーターが刀を持ったコマが描かれているが、生身のアニメーターが動きをどのように観察し、どうアニメーションに落とし込むのかを、アニメーションで表現するのはかなり難易度の高い作業ではないか(湯浅監督のチームならやれると思うが)。しかし、実写なら役者にそのシーンを演じさせればよい。また水崎が理想とするアニメーションの芝居を身体を使って表現するシーンがあるのだが、この辺りも実写映像の方が表現しやすいかもしれない。あと、ロボット研究会の作ったロボットは、アニメより実写の方がロボットを作り上げる苦労を想像しやすいかもしれない。

 原作のシーンをつぶさに検討してみると、アニメでやりやすいポイントも実写に有利なポイントも混在している多層的な魅力を持った作品なのだとよくわかる。映像作りの情熱と楽しさをいかに映像で表現するのか、アニメと実写、双方のクリエイターたちがどのように知恵を絞ってくるのか楽しみだ。

■杉本穂高
神奈川県厚木市のミニシアター「アミューあつぎ映画.comシネマ」の元支配人。ブログ:「Film Goes With Net」書いてます。他ハフィントン・ポストなどでも映画評を執筆中。

■公開情報
TVアニメ『映像研には手を出すな!』
NHK総合にて、2020年1月5日(日)放送スタート
原作:大童澄瞳(小学館『月刊!スピリッツ』連載中)
監督:湯浅政明
キャラクターデザイン:浅野直之
音楽:オオルタイチ
アニメーション制作:サイエンスSARU
(c)2020 大童澄瞳・小学館/「映像研」製作委員会
公式サイト:eizouken-anime.com
公式ツイッター:@Eizouken_anime

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