『マレフィセント2』はディズニーアニメに対する自己批判だ ヴィラン相対化時代に描かれたもの

 悪が善玉の役回りを出張でつとめあげる機会。しかしそれだけではないのだ。ステファン王が自分に恋したマレフィセントに酒を飲ませ、酔いつぶれたマレフィセントの背中から翼を削り取った過去を思い出さなければならない。ヴィランもまた被害者の名簿に記載される。翼を失ったことはヴィランとしては悲劇的な去勢ではあるが、その代償として彼女は復讐の正当な権利を得たのだ。そしてはからずもヒロインへと昇格する(この「はからずも」という条件が重要である)。16歳の誕生日に「眠れる森の美女」となる呪いをかけられたはずのオーロラ姫(エル・ファニング)が、マレフィセントへの怨みをぐっと飲み込んで天守閣に忍び込み、ガラスケースに陳列されていたマレフィセントの翼を解放する。

 前作『マレフィセント』の最も官能的なショット。ガラスケースでの十数年もの長い眠りから目覚め、怒りをこめたかのように激しくバサ、バサ、バサ!と動き出す、主人不在の一対の翼。次のシーンでは勝手に飛んでいった翼が、ぶじにマレフィセントの背中に舞い戻るのだ。前作『マレフィセント』の監督ロバート・ストロンバーグはかつて『アバター』『アリス・イン・ワンダーランド』で美術監督をつとめ、最近ではP・T・アンダーソン監督『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』やTVシリーズ『ゲーム・オブ・スローンズ』のSFXを担当しする人物。ティム・バートン監督の薫陶を深く受けたそのストロンバーグの監督デビュー作『マレフィセント』で、主人を欠いた翼がけたたましく非人称的なアクションを披露するシーンの美しくもグロテスクなイメージは、まさにバートン組の面目躍如といえるだろう。

 ノルウェー人監督ヨアヒム・ローニングにバトンタッチされた今回の続編『マレフィセント2』は、ヴィランの復権という役割だけでなく、ファンタジーの中で姫や淑女が決まりきった役回りをあてがわれてきたディズニーアニメに対する自己批判としての要素が、ディズニー近作の傾向に則って継続されている。大人の女性になったオーロラ姫、マレフィセント(育ての母)、イングリス王妃(継母)が三すくみで演じてみせる権力闘争にあって、男性登場人物はごく限定的・付属的な役割しか与えられない。ここで主体的に振る舞う権限を持つのは、オーロラ姫、マレフィセント、そしてヴィランのヴィランであるイングリス王妃の3人だけである。だからといって、本作がついに針を振り切るかというと、そこは問屋が卸さぬところもまたいかにもディズニーらしい。『アナと雪の女王』(2013)も結局はそうだったではないか。くわしくは、実際に本作を劇場で確かめることを楽しみにしていただきたく思います。

■荻野洋一
番組等映像作品の構成・演出業、映画評論家。WOWOW『リーガ・エスパニョーラ』の演出ほか、テレビ番組等を多数手がける。また、雑誌「NOBODY」「boidマガジン」「キネマ旬報」「映画芸術」「エスクァイア」「スタジオボイス」等に映画評論を寄稿。元「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン」編集委員。1996年から2014年まで横浜国立大学で「映像論」講義を受け持った。現在、日本映画プロフェッショナル大賞の選考委員もつとめる。
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■公開情報
『マレフィセント2』
全国公開中
監督:ヨアヒム・ローニング
出演:アンジェリーナ・ジョリー、エル・ファニング、ミシェル・ファイファー、サム・ライリー
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
(c)2019 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.
公式サイト:https://www.disney.co.jp/movie/maleficent2.html

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