『わたし、定時で帰ります。』“バランサー型”ヒロイン像が新鮮! 従来のお仕事ドラマとの違い
要は、東山は決して人の価値観/仕事観を否定はしないのだ。相手が自分と異なる価値観を持っていようと、それを簡単に間違っているとも悪とも断じない。東山本人は定時になればさらりと退社するが、だからと言って会社で残っている人たちを「仕事ができない」と馬鹿にすることもしないし、仕事しか楽しみがない人を「つまらない」とも「社畜」とも笑わない。
確かに三谷は今までより早く会社を出るようになったし、賤ヶ岳もずっと肩の力を抜いて働けるようになったけれど、それは東山が相手を変えようとしたからではない。ちゃんと腹を割って話をし、お互いの抱えているものを認め合うことで、自然発生的に相手が変化した結果だ。
東山にあるのは強制や矯正ではなく、受容と尊重の精神。このニュートラルな佇まいが、今まで「強い女」一辺倒だったお仕事ドラマの中でも非常に新鮮であり、多様性が叫ばれる「令和」という新時代にジャストフィットしているから、観ていてシンプルに気持ちがいい。
タイトルの性質上、どうしても「定時で帰れない日本のシステムはおかしい」という長時間労働の善悪に議論が集中しがちだが、同作が描いているのはそうした限定的なことだけではないように見える。むしろそうしたわかりやすい二項対立は決して解決を生まない。
同作が目線を向けているは、その一歩先。どうして彼女はあんなにもいろんなものを犠牲にして働くのか。どうして彼は会社に居残ってまでダラダラと仕事をするのか。ブラック社員、モンスター新入社員とわかりやすくラベリングするのではなく、相手を人間としてちゃんと見て、その考えの根底にあるものを理解してみること。
そして、たとえそれが時代錯誤でもみだりに変えようとはしない。人を変えるということは、自分のルールに相手を従わせることだからだ。でも、もう少し周りも当事者も呼吸がしやすいようにアップデートすることは大切だと。その先に一人ひとりが働きやすい私たちの社会があることを、東山結衣というヒロインが提示している。
すっかり古い発想を“ディスる”ための用語として定着した感のある「昭和」だが、そうやって昭和/平成と切り分けることも、また不要な対立を生むだけだ。対立ではなく、対話。否定や批判ではなく、受容と尊重。これから始まる令和という時代の思想を象徴したようなドラマが、平成と令和の境目に放送されていることに、不思議な運命とつくり手の信念を感じている。
■横川良明
ライター。1983年生まれ。映像・演劇を問わずエンターテイメントを中心に広く取材・執筆。初の男性俳優インタビュー集『役者たちの現在地』が1/30より発売。Twitter:@fudge_2002
■放送情報
火曜ドラマ『わたし、定時で帰ります。』
TBS系にて、毎週火曜22:00~放送
原作:朱野帰子『わたし、定時で帰ります。』シリーズ(新潮社刊)
出演:吉高由里子、向井理、中丸雄一、柄本時生、泉澤祐希、シシド・カフカ、内田有紀、ユースケ・サンタマリアほか
脚本:奥寺佐渡子、清水友佳子
演出:金子文紀、竹村謙太郎
プロデューサー:新井順子、八尾香澄
製作:TBSスパークル、TBS
(c)TBS
公式サイト:https://www.tbs.co.jp/watatei/