『わた定』は多様化する幸せの形を探る “ハッピーエンド”とは異なる方法で描く、人々の変化

 様々な価値観が認められる一方で、幸せの形も多彩になった。それゆえに、迷ってしまうのだろう。何が自分の幸せなのか、と。「夢を描け」「目標を立てろ」「向上心を持て」そんな大きな言葉を投げかけられても、“それがない自分“ばかりが目につく。自分だけが前向きに生きられていないのでは、とプレッシャーにさえ感じてしまう。

 きっとそれは、豊かな時代に生きている証なのかもしれない。多くの人が同じようなことに困っていた不便な時代は、それを解決しようと取り組むことそのものが仕事になった。そして、先人たちが作った便利なシステムを運用するという時代を経て、私たちは今「便利でもどこか満たされない」という新しい課題にぶつかりつつある。だが、今回の解決方法は、何かひとつのシステムを作って、みんなが利用するというタイプのものではない。

 自分の人生をどう使えば幸せだと感じるのか、それぞれが見つめてカスタマイズしていく時代。何が自分を満たすものなのか。それを模索しながら生きていくのが、人生の難しさでもあり、幸せでもある。誰かと美味しいものを食べることかもしれないし、好きなことにお金を使うことかもしれないし、むしろ仕事に没頭することそのものかもしれない……夢も才能も目標も、きっと自分の「好き」に気づくところから生まれるのだ。

 「何もない」と言っていた吾妻にも、おいしいコーヒーを飲んだ瞬間、確かな幸せがあった。それは、好意を寄せた桜宮(清水くるみ)と一緒だったから、より幸せだった。桜宮と一緒の時間を過ごそうと、仕事の効率化を始めたときにも、充実した気分が味わえた。他人から見たら「そんな些細なこと」の中にこそ、私たちの幸せは転がっているということ。

 『わたし、定時で帰ります。』では、劇的なハッピーエンドとはならない。なんでも1人で抱え込もうとしていた三谷は結衣に素直な気持ちを話せるようになったものの、どこかでまだ自己否定型な受け答えをしてしまうし、育児休暇明けで空回りしていたワーキングママ・賤ヶ岳(内田有紀)は肩の力を抜いて働けるようになったものの、育児と仕事の両立の難しさが完全に解消されたわけではない。

 吾妻も、いきなり効率的な人間にはならないし、大きな夢も抱かない。桜宮との距離が近づいたかと思えば、仕事でミスをしてしまって、また効率的な生活からは遠のいてしまう。でも、周りとのコミュニケーションが増え、前よりも笑っている印象だ。仕事終わりに、立ち寄りたいと思えるコーヒーのお店も見つけた。そんな無意識レベルでの変化が描かれるのが、このドラマのリアル。人は急に大きく変わることはできないけれど、こんなふうに小さな変化の積み重ねで社会の“普通“が変化していくのだ。

(文=佐藤結衣)

■放送情報
火曜ドラマ『わたし、定時で帰ります。』
TBS系にて、毎週火曜22:00~放送
原作:朱野帰子『わたし、定時で帰ります。』シリーズ(新潮社刊)
出演:吉高由里子、向井理、中丸雄一、柄本時生、泉澤祐希、シシド・カフカ、内田有紀、ユースケ・サンタマリアほか
脚本:奥寺佐渡子、清水友佳子
演出:金子文紀、竹村謙太郎
プロデューサー:新井順子、八尾香澄
製作:TBSスパークル、TBS
(c)TBS
公式サイト:https://www.tbs.co.jp/watatei/

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