探究心こそ人生の最高のスパイス 『ペンギン・ハイウェイ』が教えてくれる、謎に挑むことの楽しさ

事実、おっぱいはいまだ謎の存在である

 本作でアオヤマ君が魅せられる謎には、フィクショナルなものと実際の世界でも謎とされるものが混在している。

 フィクショナルな謎はもちろん、ペンギンや球体の海などのファンタジー部分だ。コーラの缶がペンギンに化けることはないし、海が球体となって浮かぶこともないと、残念ながら我々は知っている。

 では、実際に存在する謎はなにかと言うと、「おっぱい」のことである。人間の女性の胸がなぜあのように膨らむのかは諸説あるが、まだ解明されていない。他の哺乳類の胸があのように膨らむことはなく、人だけがなぜかあのように乳房が膨らむわけだが、乳腺はわずかで大部分は脂肪である。胸の膨らみ方によって授乳能力に差があるわけでもなく、なぜ人間の女性がそのように進化したのかは謎である。

 ちなみに、かつて『裸のサル』という本を著したデズモンド・モリスという動物学者が提唱した、人間の女性の胸が膨らむのは尻の代用で、男に尻を想起させるためにふくらんだとする「臀部擬態説」などというものもあった。(ちなみに筆者は、平本アキラの漫画『監獄学園』でこの説を知った)

 とにかく女性の胸はいまだ謎であり、アオヤマ君がおっぱいに惹かれるのは、彼が単にエロガッパだからということではなく、知的好奇心をくすぐる対象だからだ。あの膨らみには人類の謎が詰まっているのだ。

 おっぱい=下ネタではないのだ。それは、自らの知識の範囲のみで物事を判断してしまうことであり、探究心が足りない。世界の謎は、我々の身近にもたくさんあるのだということを示唆しているのであって、おっぱいはこの映画のテーマにきちんと関わる重要なファクターだ。

わからないことは恐れるべきではない

 この映画は、探究心が人生を豊かにするものだということを教えてくれるものだということは先に述べた。そのことについて書かれた名著が(もちろん本作の原作も名著です)『ご冗談でしょう、ファインマンさん』だ。

 物理学者リチャード・ファインマンは子供のころ、ラジオの修理が得意だったそうで、ホテルのラジオの修理を依頼されたりもしていたそうだ。彼はラジオからたまに雑音が聞こえてきたり、それが自然に直ったりする様を見て、「どうしてこうなるんだろう?」と疑問を抱き、分解をして構造を確かめようとしたらしい。ファインマンの人生は、ほとんどこのようなエピソードに覆われており、構造と過程を観察し、謎を自分の手で解き明かさないと気が済まない性質なのだ。この本が素晴らしいのは、そんな姿勢をファインマン氏自身がとても楽しんでいることが伝わってくるところだ。

 ファインマン氏は、「僕は、物事がわからないからといって恐ろしいとは感じない、何の不自由もない不可解な宇宙のなかで途方に暮れてしまっても、恐ろしいとは感じない」と語っている。(ローレンス・M. クラウス著『ファインマンさんの流儀ーすべてを自分で創り出した天才の物理学人生』P352)

 我々はしばしばわからないものを恐ろしく感じてしまう。大人になるにつれて、かつて持っていたはずの好奇心を失い、次第に自らの知識の範囲でしか行動しなくなる。そうして世界が狭くなる。

 ファインマン氏の好奇心は死の間際になっても衰えることはなかった。「これが最後の発見ってヤツだな。死がどんなもんかってのが。何だか、おんもしろい体験だよ」と友人に語ったという。(レナード ムロディナウ著『ファインマンさん 最後の授業』P232)

 それがどの程度本音で、どの程度強がりであったのかは知る由もないが、少なくとも彼は人生の最後の瞬間まで、楽しむことを忘れなかったにちがいないと筆者は思っている。

 『ペンギン・ハイウェイ』は全編にわたって、謎に挑むことの楽しさが詰め込まれている。ペンギンは結局なんなのか、海は結局なんだったのか、お姉さんは何者だったのか。この映画は多くの謎を残していくのに、消化不良だとまるで感じさせない。なぜなら、映画自体が、「わからないなら自分で探求してみればいいじゃない」と背中を押してくるからだ。

 この映画を観ると勉強したくなる、冒険したくなる。最高の教育映画であり、最高の冒険映画だ。少々大げさに聞こえるかもしれないが、この映画には人類を前進させてきた根源が描かれている。世界は謎だらけだ、だから僕たちの人生は楽しいのだ。

■杉本穂高
神奈川県厚木市のミニシアター「アミューあつぎ映画.comシネマ」の元支配人。ブログ:「Film Goes With Net」書いてます。他ハフィントン・ポストなどでも映画評を執筆中。

■公開情報
『ペンギン・ハイウェイ』
全国公開中
出演:北香那、蒼井優、釘宮理恵、潘めぐみ、福井美樹、能登麻美子、久野美咲、西島秀俊、竹中直人
原作:森見登美彦『ペンギン・ハイウェイ』(角川文庫刊)
監督:石田祐康
キャラクターデザイン:新井陽次郎
脚本:上田誠(ヨーロッパ企画)
音楽:阿部海太郎
主題歌:「Good Night」宇多田ヒカル(EPICレコードジャパン)
配給:東宝映像事業部
制作:スタジオコロリド
(c)2018 森見登美彦・KADOKAWA/「ペンギン・ハイウェイ」製作委員会
公式サイト:penguin-highway.com

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