10年以上を経て完成したSFファンタジー『ユートピア』 時間をかけるにふさわしいテーマとは?
『ユートピア』を理解するための設定
数万年前、ある島に高度な文明を持つ理想郷「ユートピア」があった。そのうち大陸では火が発見され、大きな戦争が起こり、超能力を操るユートピア「枢密院」は、その被害を避けるため、空間ごと他の時空へと移動する術「空間鎖国」を施す。
新しい時空にやってきたユートピア人たちは寒さに悩まされる。そんな環境下で作物を育てるためには、大地を暖める必要があり、そこで忌むべき存在である火を使い始めることになる。一般のユートピアの民に気づかれないように、地球から奴隷を連れてきて、地下で火を焚かせることにしたのだ。
大昔の人間たちは、ユートピア人を神様のように見ていたので、子どもを差し出せという彼らの要求に従うしかなかった。だが、連れていかれた子供のことが心配で、見守りたいという気持ちから、寝ている間にユートピア国を見るという能力を開発。それが、人が「夢」を見るということの始まりであり、現在の人々が夢を見るというのは、その名残(なごり)なのだという。
イングランドの思想家トマス・モアが500年前に書いた書籍『ユートピア』によると、文明が発達しきった理想郷では、発展の必要がないため、時間が止まったようになるという。本作のユートピアも、発展が止まった状態にあったが、その間地球では文明が進み、ユートピア人に子どもを渡す契約の存在自体が忘れ去られていた。そこでユートピア人が作り出した「笛吹き師」が、笛を吹いて子どもを連れ去るという事件を起こす。それが「ハーメルンの笛吹き」の物語として、現代に伝承されることになったというのだ。
欺瞞に満ちたユートピアが表すものとは
以上の内容は、あくまでも本作の物語の裏側にあるストーリーだ。観客はそんなユートピアに住んでいた民や、笛吹き師たちをめぐる、現代の東京を舞台にした人間ドラマを鑑賞することになる。
舞台は、太陽嵐と同様の未曽有の災害によって、電気や水などのライフラインが途絶し、経済活動が止まり文化的生活が送れなくなってしまった東京。そんな静止した街で、ユートピアで疎まれた存在の少女・ベア(ミキ・クラーク)と、現実世界を「壊れちゃえ」と思って暮らしていた少女・まみ(松永祐佳)が出会う。
同時に東京で発生していたのが、笛吹き師による子どもの行方不明事件だった。災害による影響のなか、いくつもの謎と、ユートピアの陰謀を、ベアとまみは解き明かしていく。
差別や格差、争いがないとされる、隔絶した島「理想郷(ユートピア)」。しかし実際には、そこには多くの欺瞞が隠されていた。ここで描かれているユートピアには、いくつもの深刻な問題がありながら、それを隠して平穏な日常を装おうとする「日本」の社会が重ねられているように感じられる。実際には破綻しているシステムを、一部の人々が犠牲になることによって、かろうじて支えている。様々なトラブルが発生したときに、その欺瞞は露呈されるのだ。
インフラが滞った街という本作の世界観は、制作の間に起こった東日本大震災を想起させる。そして、災害にともなって起こった原発事故によって、いままでの生活が危ういバランスのもとに成り立っていたことを我々が知ったように、本作は欺瞞に満ちた世界のなかで生きているということを、あらためて実感させるように作られている。そして目に優しく耳触りの良い嘘ではなく、真実を見つめることで現実を立て直していこうというメッセージを発している。その力強いテーマは、10年以上の時間をかけるにふさわしいものだと感じられた。
■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter/映画批評サイト
■公開情報
『ユートピア』
下北沢トリウッドにて公開中
出演:松永祐佳、ミキ・クラーク、高木万平、森郁月、吉田晋一、地曵豪、ウダタカキ
監督・脚本・VFX・編集:伊藤峻太
撮影監督・音楽:椎名遼
助監督:市原博文
制作:湯浅志保子
サウンドデザイン:小牧将人
プロデューサー:大槻貴宏
製作:「ユートピア」製作委員会(トリウッド、AXsiZ、芸術家族ラチメリア・カルムナエ)
配給:トリウッド
(c)UTOPIA TALC 2018
公式サイト:http://www.latichalu.com/utopia.html