『リメンバー・ミー』はなぜ感動を呼ぶ? “優しさ”がもたらした深いテーマ性

 地球を包括するスタンダードな倫理観が広がっていくことを「グローバリゼーション」と呼ぶが、その思想はアメリカ、ヨーロッパ型の個人主義的な思想が下敷きとなっている。もちろんその考え方が、世界の人々の暮らしを改善し、個人が生きやすい環境に世界を近づかせつつあることは確かである。しかし同時に、「グローバリゼーション」とは、大企業が世界中に進出することをも指す。多国籍企業は利便性や新しい職を現地にもたらすが、現地の産業を破壊し労働者を搾取する面もある。それは企業による新たな「植民地主義」ともいえよう。

 本作の「死の国」に、画家のフリーダ・カーロが偉人として登場していたが、彼女の夫であった、同じくメキシコを代表する偉大な画家ディエゴ・リベラは、かつてアメリカに招かれ、ロックフェラーセンターで壁画を描いたが、そのなかに、ロシアで社会主義革命を起こしたレーニンを描き加えたため、ディエゴ・リベラは共産主義者と呼ばれ、壁は破壊され、全く仕事が来なくなり、事実上の国外追放の身となってしまった。彼を招聘したアメリカ人たちが欲しただろう文化の多様性というのは、あくまで自分たちの想定する範疇に収まっていなければならないものだったのだ。

 「グローバリゼーション」は、個人主義的な多様性を認めるという功績と、世界を均一化し、地域文化の多様性を破壊するという面もある。本作がメキシコの伝統的な価値観を掘り起こすことは、その流れにアメリカの側から一石を投じるということである。本作の脚本はしかし、その伝統がミゲルを追いつめていくように、伝統文化が個人の可能性を遮る場合もあることを描くのを忘れていない。

 従来のリベラルな考え方だけに執着せず、その背景にある問題を浮き彫りにしてしまうまでに、今回のピクサー作品の脚本は先進性を持ち得てしまったように感じられる。ピクサーでは、監督や脚本家を含む各部門のスタッフによる、ときに数年に及ぶ脚本会議によってストーリーをブラッシュアップさせていくというやり方をとっているが、ついにここまで多角的に世界を描く脚本が出来てしまったのかと、驚きを禁じ得ない。脚本自体が、ときに矛盾する多様な価値観が並列的に存在する「世界」そのものだと感じられるのである。

 本作の興行的なヒットや、アカデミー賞受賞は、社会的な意味も強い。アメリカのトランプ大統領は、メキシコからの不法移民をブロックするために巨大な壁を建設すると公言してきたが、そのなかでメキシコ人を、ここではとても書けないような下劣な言葉で侮辱した。無論それは大問題となり、メキシコの大統領もトランプを罵倒するなど、両国の関係が険悪になっていった。

 そんななか、『リメンバー・ミー』がメキシコで50億円を優に超える記録的な大ヒットを果たした。本作がメキシコでここまで受け入れられたのは、ただメキシコを舞台にしたというだけでなく、メキシコ文化や伝統を尊重する内容だったためであろう。そしてアメリカ本国でも、メキシコの人々やメキシコ系の市民を思いやれる想像力を、多くの観客に持たせることに成功したのではないだろうか。政治ではなく、「映画」という文化の力によって、そして優しさによって、本作はアメリカとメキシコ両国の関係の改善に寄与したのである。それは、メキシコの民族的な文化に根ざした絵画を描き続け、社会をより良いものにしようとした、ディエゴ・リベラやフリーダ・カーロの理想とも重なっている。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『リメンバー・ミー』
同時上映『アナと雪の女王/家族の思い出』
全国公開中
監督:リー・アンクリッチ
共同監督:エイドリアン・モリーナ
製作:ダーラ・K・アンダーソン
製作総指揮:ジョン・ラセター
原題:Coco
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
(c)2018 Disney/Pixar. All Rights Reserved.
公式サイト:http://www.disney.jp/remember-me

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