>  > 小野寺系の『アナベル 死霊人形の誕生』評

米ホラー映画は再びエキサイティングな実験場に 『アナベル 死霊人形の誕生』に見る、恐怖の化学式

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 生活に根ざした恐怖という意味では、日常の風景のなかに幽霊を潜ませた清水崇監督の『呪怨』の、良い意味で「イヤな感覚」に近い。清水崇監督は、『リング』の中田秀夫監督同様にハリウッドでも活躍し、日本と同じようにその新鮮なホラー描写は認知された。またジェームズ・ワン監督も黒沢清監督の作品に影響を受けたと公言するように、世界的に「Jホラー」の手法が恐怖映画界を席巻した時期があったのだ。ワン監督がやったのは、このような東洋的な恐怖感覚を理解したうえで、それをそのまま模倣するのでなく、そこから必要なものだけを抽出し、従来の西洋的な文化に組み込んでいくという試みに見える。その「化合物」が、現在の先端的な娯楽ホラー映画のスタンダードとなっているのだ。

 サンドバーグ監督の前作『ライト/オフ』は、主にその抜群なアイディアによって話題になった。これが圧倒的に優れていたのは、暗闇に対する人間の根源的な恐怖感と、灯りが点いた安心感が交互に訪れるという演出だった。「行きはよいよい帰りはこわい」という歌詞のわらべ唄があるが、このように緊張と弛緩の状態を往復することによって、一種の拷問のような恐怖感が醸成されてゆく。このような仕組みこそジェームズ・ワン監督が行ってきた演出法の秘密であり、それをより純化させていったものが、この「オン/オフ」表現なのだ。つまり『ライト/オフ』は、東洋と西洋が重なり合う恐怖感覚のケミカルな発見であり、恐怖映画における一つのメカニズムを化学的に解明するような行為ではなかっただろうか。その意味でサンドバーグ監督の功績は大きいといえよう。

 いったん化学式が出来上がってしまえば、それを応用することも簡単だ。この「暗闇」と「繰り返し」の演出は、本作のなかでも様々なシチュエーションで、何度も目にすることになる。照明や懐中電灯、車のヘッドライトの明滅、昇降機の上り下り、おもちゃの銃の弾を闇に撃ち続ける行為…。それらは全て、一つのシステムの応用になっている。それでも飽きずに観客がいちいち怖がれるというのは、監督のアイディアの豊富さはもちろんだが、その「恐怖の化学式」が、人間の根源的な恐怖感に接触するものであるからだろう。

 清水崇監督は傑出した才能によって、ここにたびたび到達する表現を見せたが、この「研究」が進んでいけば、ある程度誰にでも同様の演出ができるようになるかもしれない。もともと、比較的低予算で勝負できるホラー映画は、若い監督たちの「実験」の場であった。いまアメリカのホラー映画は、再びエキサイティングな実験場となっているのだ。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『アナベル 死霊人形の誕生』
新宿ピカデリーほかにて公開中
製作:ジェームズ・ワン、ピーター・サフラン
監督:デヴィッド・F・サンドバーグ
脚本:ゲイリー・ドーベルマン
出演:ステファニー・シグマン、タリタ・ベイトマン、ルル・ウィルソン、アンソニー・ラパリア、ミランダ・オットー
配給:ワーナー・ブラザース映画
映倫:PG12
(c)2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC
公式サイト:http://annabelle-creation.jp

      

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