Blu-ray&DVDリリースを期に改めて考える、時代の流れが生んだ『ムーンライト』のアカデミー賞作品賞受賞

3. 性別や人種、或いは、民族や宗教の問題が題材のひとつとなっている映画

『ムーンライト』、『ドリーム』、『ハクソー・リッジ』、『LION/ライオン~25年目のただいま』、『フェンス』、『最後の追跡』、『メッセージ』

 世界の映画祭で受賞を果たしている映画の潮流として<多様性>を描いた作品という共通点が挙げられる。カンヌ国際映画祭を例に挙げると、女性同士の恋愛を描いた『アデル、ブルーは熱い色』(13)や、家族と偽って国境を越える難民の姿を描いた『ディーパンの闘い』(15)が最高賞のパルム・ドールに輝いている。

 同時に『ディーパンの闘い』や『わたしは、ダニエル・ブレイク』(16)では、“血縁に依らない家族関係”を描いていることも指摘できる。日本でも『そして父になる』(13)や『湯を沸かすほどの熱い愛』(16)、今年になってからも『彼らが本気で編むときは、』(17)や『幼な子われらに生まれ』(17)など“血縁に依らない家族関係”を描いた作品が高い評価を受けている。

 このこともまた、映画が<社会を映す鏡>として、性別や人種だけでなく、家族関係のあり方においても<多様性>が重要であることを、映画が先んじて描いているのだと解釈できる。

 『ムーンライト』は同性愛を描いた作品でもある。以前と比較して同性愛を描く作品が増えてきていることは、アメリカでは州によって同性婚を認めるようになったという社会の変化とも無縁ではない。そして『ムーンライト』では、主人公が心を開いてゆく麻薬の売人との<疑似家族>のような関係を描きつつ、実の母親との関係よりも濃い“血縁に依らない家族関係”を提示してみせていることが窺える。

 <多様性>や<疑似家族>を描くことに関しては、例えば現在公開中の『ワンダーウーマン』(17)や『スパイダーマン:ホームカミング』(17)といったアメコミ作品においても、彼らの仲間となる人物構成に人種的な<多様性>が表れていることを指摘できる。つまり『ムーンライト』は、世界的な潮流の中で「今のアメリカ」を描いた作品だといえるのである。

4. アフリカ系アメリカ人と呼ばれる黒人社会の人々が主人公の映画

『ムーンライト』、『ドリーム』、『フェンス』

 第88回アカデミー賞では「白人の作品ばかりが候補になった」との批判があり(※アカデミー賞における白人偏重については重複するので、詳細については過去記事を御参照下さい →「白人偏重」に揺れた第88回アカデミー賞授賞式を考える)、その批判に対する是正もあってか、第89回ではアフリカ系アメリカ人が主役の映画が作品賞候補の1/3を占めた。

 俳優部門では、『フェンス』(16)のデンゼル・ワシントンとヴィオラ・デイヴィス、『ラビング 愛という名前のふたり』(16)のルース・ネッガ、『ムーンライト』のマハーシャラ・アリとナオミ・ハリス、『ドリーム』(16)のオクタヴィア・スペンサーが、アカデミー賞の歴史上最多となる6人の黒人俳優が候補となった。そして、マハーシャラ・アリが助演男優賞、ヴィオラ・デイヴィスが助演女優賞に輝いている。

 黒人俳優とアカデミー賞の歴史は困難の歴史でもある。黒人初の受賞者は『風と共に去りぬ』(39)で助演女優賞に輝いたハティ・マクダニエル。受賞時のスピーチでは「私の人種と映画界に恥じない存在でありたい」と語ったが、人種隔離政策のため授賞式で彼女に用意された席は最後列。彼女の受賞は、当時の新聞記事にならないという扱いだった。

 次に黒人俳優が受賞するのはその24年後、『野のユリ』(63)で主演男優賞に輝いたシドニー・ポワティエ。さらに19年後の第55回アカデミー賞授賞式。「愛と青春の旅だち」(82)で助演男優賞に輝いたルイス・ゴセット・ジュニアに至るまで、55年に亘るアカデミー賞の歴史で黒人俳優の受賞者はたった3人しかいなかったのである。ある年のプレゼンターとして登壇したエディ・マーフィは「計算してみると今世紀中の受賞は無理」とジョークを飛ばしたほど、黒人俳優たちは冷遇されてきたのであった。

 90年代に入ると、デンゼル・ワシントンやウーピー・ゴールドバーグの受賞をきっかけに、黒人俳優の受賞が相次いだのだ。しかし『チョコレート』(01)で初の主演女優賞に輝いたハル・ベリー(未だ唯一の受賞者)に対しては、「厳密には白人とのハーフである彼女を黒人女優の受賞と認めない」という論者が未だいるほど偏見の根は深い。

 それだけに、黒人奴隷の自由を描いた『それでも夜は明ける』に続いて『ムーンライト』が作品賞に輝いたことには、大きな意味がある。

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