芳根京子の表現力は無限大に伸び続けていくーー『ここさけ』一級品の“動作”と“表情”

 朝の連続テレビ小説『べっぴんさん』(NHK)の放送が終わっておよそ4ヶ月。4月期に放送された連続ドラマ『小さな巨人』(TBS系)では警視庁の人事課から所轄に異動する新人刑事を好演し、20代の女優として幸先の良いスタートを切った芳根京子。同作よりも一足先にクランクインした映画『心が叫びたがってるんだ。』が7月22日から公開となったことで、朝ドラ後最初の大役をついに観ることができる。

 朝ドラの撮影終了直後に映画のクランクインと連ドラレギュラー出演が同時にくるという流れは、『まれ』(NHK)のクランクアップ直後に『orange』の撮影を開始し、『下町ロケット』(TBS系)に出演した土屋太鳳と同じだ。その土屋は出演作が絶えず、今年だけでも主演映画が4本公開される順調なキャリアを積んでいる。『まれ』も『べっぴんさん』も放送時には視聴率が伸び悩んでいたという共通点があるが、どちらも大ブレイク必至となる新進女優を起用していたことを考えれば、決して悪いことではなく、かえって良いジンクスとなるはずだ。

 さて、今回芳根が『心が叫びたがってるんだ。』で演じたのは、自分のおしゃべりが原因で両親が離婚してしまい、それをきっかけに喋ることを封印してしまう少女。喋ろうとするとお腹が痛くなって、声が思うように出せない。そんな彼女が、“地域ふれあい交流会”の委員に任命され、唯一自分の気持ちを表現することができる“歌”と出会い、自分を支えてくれる主人公に思いを寄せていく。

 2015年の秋に、本作のオリジナルであるアニメ版を観たとき、これを実写化するとしたら、ヒロイン・成瀬順には誰が相応しいだろうかと考えていた。そのときちょうど『表参道高校合唱部!』(TBS系)で天真爛漫女優ぶりを炸裂させていた芳根が、この影を背負ったキャラクターに当てはまることはなかった。しかし、それから2年近く経って、彼女がこの役を演じることができたのは、彼女が経験してきた多くの役柄によって、“天真爛漫”に留まらない表現力を獲得してきたからにほかならない。

 思い返せば、初主演作となった3年前の映画『物置のピアノ』で彼女はすでに、音楽に救われる役柄を演じていた。幼い時に弟を失い、正反対の性格の姉とぶつかり合い、震災の風評被害で苦しむ家族の中で、ピアノを唯一の心の糧にする内気な少女の役。そこに性格は対照的でも、“歌”と“音楽”を心から愛する点では共通している『表参道高校合唱部!』の香川真琴役があまりにも鮮烈に輝いてきたことで、天真爛漫・明朗活発なイメージが先行していったのかもしれない。

 しかし、ひとりの役柄としっかり向き合い続け、半年間で数十年の人生を生きた『べっぴんさん』の経験によって、イメージに左右されることのない、女優としての確固たる強さを得たのである。今回の初日舞台挨拶の際に、この成瀬順を演じたことで強さを得たと語った彼女からは、役に真正面から向き合っていくプロフェッショナルらしい貫禄が漂ってきたように思えた。

 さらに、淡い恋心を抱くおとなしい少女像は映画『先輩と彼女』、心に大きな傷を背負った少女というのは昨年公開された映画『64-ロクヨン-』だろうか。ところどころで彼女のこれまでのフィルモグラフィーが頭を駆け巡る。『64-ロクヨン-』では出番は極めて少なかったが、感情をマネージできない娘役で強い印象を残した。(同作で父親を演じた佐藤浩市の息子と、同級生の役で共演するというのもなかなか奇妙な縁を感じる。)

 その点では、今回の『心が叫びたがってるんだ。』は、20代のキャリア始めというひとつの転換期であると同時に、10代のときに彼女が演じてきた役柄の集大成と呼べるのではないだろうか。

 ところで、アニメキャラクターを実写で演じきるとなれば、全く新しいニュアンスで演じるか、完コピするかのどちらかである。本作はアニメ版とほぼ同じプロセスを辿るだけに、どちらを選ぶことも可能で、主演の中島健人は彼らしさを極力抑えながらも前者に落ち着いたように思える。一方で、髪の毛を30cm切って、見た目からオリジナルのヒロインに近付けた彼女の場合は、“芳根京子”らしさを完全に残しながら、限りなく後者を目指しているように見えた。

 セリフを語るという最も基礎的な演技に制約があり、動作と表情で見せなくてはならないこのキャラクターは、実写であれば殊更に難易度が高い。それでも、彼女の全身を使った表現力が凄まじいほど秀逸であると、これまでの作品で証明し続けてきただけに、アニメの緻密な動作を実写で再現することにも違和感がない。むしろ、そのほうが彼女の魅力が活きるのだ。

 橋の上で中島演じる坂上拓実に話しかけようとする場面で彼女は、アニメ版さながらに黒いタイツを纏ったか細い脚をブルブルと震わせて、全身でこわばってみせる。そして、洗濯物を畳みながらテレビから流れる「Around the World」に合わせて体を左右に揺れてみたり、視聴覚室に荷物を運ぶシーンの足の軽快さと、“動作”に一寸の隙もない。

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