自分自身のなかに潜む“怪物”との闘いーー『怪物はささやく』は大人たちにも希望をもたらす

児童文学の新たな可能性

 『怪物はささやく』の原作が元々児童書だと考えると、この作品の力により一層衝撃を受ける。

 最近は児童文学においても映画においても、大きな変化が見られる。つまり、おとぎ話の書き直しをもって、ステレオタイプを超越した人物が少年少女たちに提示されているのだ。王子様に助けられるのを待たずに自ら戦う姫を描いた『白雪姫と鏡の女王』や、悪玉の視点から『眠れる森の美女』の物語を語り直した『マレフィセント』などが代表的な例だろう。

 『怪物はささやく』では、児童文学・映画における変化がまた新たな方向へと進んでいく。この作品においては、悪玉と善玉の区別が存在せず、現実世界にせよ想像の世界にせよ矛盾だらけなのだ。「めでたしめでたし」という嘘くさい結末なんてあり得ない。とはいえ、『怪物はささやく』は絶望的な結末に留まらない。

闘い続ける大人たちへ希望をもたらす物語

 『怪物はささやく』では、厳しい“真実”を受け入れるための闘いが、恐ろしい姿をもっている怪物によって表象されている。「真実を話せ」と、コナーを脅かす怪物の声(リーアム・ニーソン)が実に凄まじい。しかし、その力強い声は、敵の声ではない。絶対的な敵も絶対的な味方も『怪物はささやく』には登場しないからだ。

 もはや子供ではない、けれどまだ大人とはいえないコナーにとって最も大きな挑戦は、敵と思い込んでいた人物と絆を築くことだろう。その“小さな”闘いには、年齢と関係なく誰でも共感できるはずだ。

 コナーの小文字の歴史は、誰もが経験したことのある“真実”との闘いを描いているがゆえに心を打つ物語だ。そして、今でもその闘いを続けている大人たちに大きな希望をもたらすに違いない。『怪物はささやく』は、我々の心の中に怪物と向き合う力があることを教えれくれるのだ。

■グアリーニ・ レティツィア
南イタリアのバジリカータ州出身で、2011年から日本に滞在。ナポリ東洋大学院で日本文化を勉強してから日本の大学院に入学。現在、博士後期課程で女性作家を中心に日本現代文学を研究しながら、ライターとして活躍中。

■公開情報
『怪物はささやく』
TOHOシネマズ みゆき座ほかにて公開中
監督:J・A・バヨナ
原作・脚本:パトリック・ネス「怪物はささやく」(あすなろ書房刊)
出演:ルイス・マクドゥーガル、フェリシティ・ジョーンズ、シガニー・ウィーバー、リーアム・ニーソン
配給:ギャガ
原題:「A Monster Calls」/アメリカ・スペイン/109分/カラー/シネスコ/5.1ch デジタル
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