映画館はニュースをエンタメにできるか? 立川シネマシティ音響リニューアル裏話

 東京は立川にある独立系シネコン、【極上爆音上映】で知られる“シネマシティ”の企画担当遠山がシネコンの仕事を紹介したり、映画館の未来を提案するこのコラム、第15回は“ニュースをエンタメにできるか?”というテーマで。

 実はシネマシティでは昨年の秋から、音響機器のリニューアルプロジェクトが動いていました。しかし6つのスクリーンでそれを行うこと、取り付け器具を強化するなどの工事がそこそこのボリュームがあること、機器の選定に時間が掛かかったことからスケジュールがなかなか固まりませんでした。せっかく大規模な改修を行うのですから、本当ならこけら落とし的に大人気タイトルの上映を行ったり、なんらかのイベントを企画したりして告知活動に努めるべきなのですが、なにしろスケジュールが決まらなくてはやりようがありません。

 結局機器納品や工事のスケジュールがちゃんと確定したのは、1ヶ月前。よりによって春休みの真っ只中に3館を3日間休館するというむちゃくちゃなもの(笑)。準備の時間も足らなければ、繁忙期でびっしり上映スケジュールが詰まっているところに、新たに何か上映を増やすなんてことは到底不可能です。しかし莫大な金額の設備投資を行っておいて、何も行わずしれっとデビューさせて話題にもならないということではその甲斐がありません。さて、どうしたものか。ぐるぐる考え続け、まずは課題を設定しました。

○音響のための音響改修ではなく、物語や感情をより深く伝えるための音響改修であるというシネマシティのフィロソフィをしっかり打ち出す。
○映画館の設備導入告知のデザインは一般的に「メタリック、ブルー、フューチャー感、CG」というイメージなので、真逆でいく。
○ラインアレイスピーカー導入のようなインパクトのある新奇性がないので、放つ矢は1本ではなく、分散させて複数本にする。
○まったく異なった狭めのターゲットにまったく異なったアプローチを行う。
○その告知それ自体がエンタテイメント性を持つ。

 最初の矢は、比較的早く作れました。ただ、矢と呼ぶのも憚れる、単なるメインイメージですが。機器やスピーカーの写真は一切載せず、猫や雨粒の流れる窓、花束の洗練された写真を配置し、エモーショナルで詩的な短めの文章を添えました。意図したのは主に女性向けのカルチャー雑誌の1ページのような雰囲気です。ピンクやマゼンタをキーカラーにして、音響機器導入という男性的なイメージの話題をビジュアルで反転させました。すでに興味を持っている方ではなく、音響機器の導入なんかにまったく興味がない方にも訴求するためです。これはポスターやチラシも作ってしばらくの間、Webだけでなく劇場でも使おうと考えました。なので、しっかり伝えたいことは、地味になっても端正に作らなくては。

サウンドシステムリニューアル 特設ページ
https://ccnews.cinemacity.co.jp/sound_system_renewal201704/

 この最初の矢は、時間をかけてじわりと効いていけばいい戦略ですが、当然それだけでは話にならないので、話題が即時爆発する強力な武器の投下も必要でした。やはり、本質から考えれば実際に聴いてもらうのが一番です。ただし今から新しい映画を増やすのはダメ。本当はこの少し前に『ラ・ラ・ランド』にあわせて再上映した『セッション』のアンコール上映が最適だと思い、検討してもらいましたがやはり難しい、と。

 仕方なく4月の上映予定作品一覧をじっと眺め続けます。『T2 トレインスポッティング』『ワイルドスピード ICE BREAK』。これらは強力な作品ですが、シネマシティ的にはこのクラスの作品を音響調整して最高のクオリティで上映するのは規定路線、もはやインパクトはありません。

 他には何かないか…他には…あった! 全編一人称視点のド派手アクション映画『ハードコア』、中国の巨匠が怪獣映画に挑む『グレートウォール』、大爆発なんてものじゃない、実際にメキシコ湾で発生した海底油田爆発事故の映画化『バーニング・オーシャン』、世界のドニー・イェン主演の大ヒットカンフーシリーズ『イップ・マン 継承』、スコセッシが製作総指揮を務める『レザボア・ドッグス』を彷彿とさせる密室で悪党どもが撃ちまくる『フリー・ファイヤー』。いずれも気取った“第一の矢”のテイストと真逆、サブカル好きの男性メインの、【極爆】にしたら面白そうな作品が奇跡的に連続公開されることを発見し、グーグルマップで新しいナスカの地上絵を見つけたような喜びです。

 これらのクラスの作品を1本だけでなく5本、春休み、G.W.という繁忙期の真っ只中、最大劇場でぶちかます無謀。このバカバカしさは、強烈な話題力を生み、シネマシティが“映画ファンのためのシネコン”を標榜していることの証明にもなります。幸運なことに、配給会社の皆様にもご快諾いただけました。

 なかでも『イップ・マン 継承』は、全国でも初日公開はたった7館。山ほど映画館がある東京都内でもシネマシティを含めて2館だけの極端に小さな公開ですから大きな話題にできると踏みました。シネコンで上映するだけでも珍しいケースなのに加えて、それを最大級のスクリーンで上映すれば、心意気を買ってくださる映画ファンが少なからずいることを、僕はこれまでの経験でよく知っています。『ローグ・ワン』に盲目の棒術使いとして出演したことで、もともとスターであったドニーさんですが、いよいよ“世界の”という冠がつくようになりました。認知度も飛躍的に上がっているわけですから、前作があまり知られてないシリーズの3作目というマイナス要素はあるものの、これは決して無策な蛮勇などではなく、可能性は低かろうが勝機はあることに賭ける無謀です。

 ブルース・リーの師匠としても知られる実在の武術家イップ・マンを描くシリーズで、今回描かれるのは家族愛。元ヘビー級チャンピオン、マイク・タイソン演じる悪い地上げ屋から息子が通う小学校を守るという、もはや現代の映画の多くから失われてしまったシンプルな物語が漢心(おとこごころ)を熱くします。もちろん『ローグ・ワン』では短い時間で物足りなかったカンフーシーンもたっぷり楽しめます。【極爆】化することで、テーブルや椅子を破壊する音、拳が肉を抉る音、棒術の木材がぶつかり合う炸裂音などが身体にビシビシ感じられ、手に握る汗の量を倍増させます。

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