アメリカ・インディー映画の祭典はどこに行く? 岐路に立つサンダンス映画祭を徹底検証
2月はハリウッドが最も活気に湧く月だろう。何故なら、いつの年も激動を呈するアメリカ映画界の総決算となるアカデミー賞が開催される月だからだ。一方で、アカデミー賞のノミネートが発表されるのと同時期である1月下旬、ユタ州でアカデミー賞と同じくらい、ある意味ではそれ以上の活気に包まれるイベントが開催される。それこそがアメリカ・インディー映画の祭典サンダンス映画祭だ。
サンダンス映画祭はユタ州パークシティで毎年1月中旬に行われる映画祭で、主にアメリカのインディー映画を中心として200本にも渡る長編・短編が上映される。過去には『ブラッド・シンプル』のコーエン兄弟や『レザボア・ドッグス』のクエンティン・タランティーノを輩出し、最近では『フルートベール駅で』のライアン・クーグラーや『セッション』のデイミアン・チャゼルがここから巣立っていき、チャゼルにいたっては新作『ラ・ラ・ランド』が今年のアカデミー賞最有力候補ともなるなど、新人作家の登竜門的な映画祭としても存在感を誇っている。
振り返ると、2016年はサンダンスにとって波乱の年だった。語るべき点は多いが、最も話題を集めた作品はネイト・パーカー監督作『バース・オブ・ネイション』をおいて他にはないだろう。黒人差別に反旗を翻した指導者ナット・ターナーの生涯を描いた本作は、熱狂と共に迎えられた後に作品賞を獲得。2017年のアカデミー賞で白人中心主義を打破するだろう1作として祭り上げられることとなる。さらに、NetflixやAmazonなどの配信サービスが配給権争奪戦に本格参入し、その勢いが激化する中、NetflixとFox Searchlightが配給を巡って争った作品こそが『バース~』だった。その末に、Fox Searchlightが1750万ドルで配給権を獲得。この額はサンダンス史上最高の取引額となる。
だがこの一件はサンダンスの存在意義それ自体に波紋を投げかける。映画祭はインディペンデントな魂を持つ作品を掘り出しサポートするものだったはずが、今や最もメジャー志向な映画祭となってしまっているというのだ。配給会社はオスカー候補となるポテンシャルを持った作品探しに躍起となり、さらにメジャースタジオが大作映画のために新人作家を青田買いする……。いわゆるインディー映画界のマイナーリーグ化は今に始まった問題ではないが、一連の経緯は他ならぬサンダンスがその陣頭指揮を取るようになった証明として見なされることとなる。
こうして、“サンダンスはこれからどういう道を歩めばいいか?”という問いは、問いを生んだ張本人『バース・オブ・ネイション』に託されることとなるが、ここで事件が起こる。監督のパーカーが大学時代、レイプ事件に関与していたのが発覚したのだ(パーカーは裁判で無罪判決)。さらに、被害者が自殺したという事実やパーカーの対応が問題となり、『バース~』の興行は不振を極め、オスカー戦線からも早々に離脱してしまう。そして熱狂も最後には夢のように掻き消えてしまい、サンダンスとしては存在意義への問いなどがうやむやになるという結果に終わることとなった。
ここからはそんな波乱の後に開催された2017年度サンダンス映画祭の動向を見ていこう。ドナルド・トランプの大統領就任式の翌日、サンダンスの幕を開いた作品はオスカーを獲得したドキュメンタリー『不都合な真実』の続編『An Inconvenient Sequel』だった。あの頃からさらに深刻さを増した末期的な環境破壊を描き出す本作は、トランプに対して世界が抱く不安と共鳴するような作品だが、今回のドキュメンタリー作品はよりいっそう世界情勢の深刻さを反映したものが多く見られた。ワールド部門の作品賞に選ばれた『Last Men in Aleppo』もそんな1作だった。内戦中のシリアで救助活動を続ける団体ホワイト・ヘルメットの姿を描き出した作品に賞が与えられた事実は、授賞式当日に施行されたシリア含むムスリム国家7ヶ国に対する入国禁止令への、サンダンスからの痛烈な批判と読むことができるだろう。
フィクションの部門にも目を向けよう。まず特徴的なのは、SNS時代の不安を描き出す作品の存在感だ。USドラマ部門の脚本賞を獲得した『Ingrid Goes West』は、心を病んだ主人公がInstagramで有名になったセレブ女性と友達になろうとするあまり、自意識が暴走する様を描いたブラックコメディだ。USドラマ部門監督賞を獲得したエリザ・ヒットマンの第2長編『Beach Rats』は、1人の少女に惹かれながら、ネットの出会い系サイトで知り合った年上男性にも惹かれ始める少年の姿を描く作品で、どちらもSNSによって変わっていく人間と人間の関係性というものに焦点が置かれており、サンダンスの関心の高さが伺える。