荻野洋一の『ヒッチコック/トリュフォー』評:作家主義への誇りを再確認させるドキュメンタリー

 本作『ヒッチコック/トリュフォー』の監督ケント・ジョーンズは以前、「カイエ」のニューヨーク特派員もつとめていた。私たちは映画の、ことに映画監督のなしえたことの濃密な価値を共有する、巨大な家族を形成している。そしてこのドキュメンタリー映画を見る人たちもまた、そのゆるやかな映画ファミリーの大切な仲間なのである。

 最後に、ヒッチコックの最も問題作といえる『めまい』(1958)についてのヒッチコックとトリュフォーの、怖ろしくなるようなやり取りを書き取っておきたい。画面には『めまい』の抜粋が流れている。

H(ヒッチコック)「男は、死んだ女とそっくりな性的イメージを追い続ける。そっくりになってくれなければ、ベッドに入ってセックスをする気にもなれない」
劇中のジェームズ・スチュワート「髪型が違う。首すじから後ろで束ねて」
劇中のキム・ノヴァク「どうして?」
H「性心理学的には、屍姦願望なんだ。ずばり言うとね」
スチュワート「お願いだ」
H「女は髪をブロンドに染めて帰ってくるが、ただひとつ、髪型が違う。裸にはなったが、パンティだけは脱いでない感じなんだ」
T(トリュフォー)「えぃ、へぃふいひぃ…(困惑してうなり声しか出ない)」
H「女は髪型を直しに浴室へ入り、男はじっと待つ」
T「あ、あいぅぅ…」
H「女がセックスにそなえて全裸で出てくるのを」
T「えぅぅ…」
H「男のために」
T「…すばらしいぃ…」

 バーナード・ハーマン作曲の音楽が高鳴る。浴室のドアが開く音。ジェームズ・スチュワート、ためらいがちに振り返る。

H「男は勃起しているのがわかる。そこは見せないがね」

 ここで画面が突如としてブラックアウトする。

 ところでこのドキュメンタリー『ヒッチコック/トリュフォー』の弦楽による楽曲を担当したジェレミア・ボーンフィールドの仕事がすばらしいと思った。ボーンフィールドの音楽は、時にバーナード・ハーマンによるヒッチコック・サスペンスとなり、時にジョルジュ・ドルリュー作曲によるトリュフォーの哀切な恋愛映画を伴奏するかのごとく、こすり上げるように情熱的に鳴り響く。バーナード・ハーマンとジョルジュ・ドルリューの中間を行くなんてすごいことである。

■荻野洋一
番組等映像作品の構成・演出業、映画評論家。WOWOW『リーガ・エスパニョーラ』の演出ほか、テレビ番組等を多数手がける。また、雑誌「NOBODY」「boidマガジン」「キネマ旬報」「映画芸術」「エスクァイア」「スタジオボイス」等に映画評論を寄稿。元「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン」編集委員。1996年から2014年まで横浜国立大学で「映像論」講義を受け持った。現在、日本映画プロフェッショナル大賞の選考委員もつとめる。

■公開情報
『ヒッチコック/トリュフォー』
全国順次公開中
監督:ケント・ジョーンズ
脚本:ケント・ジョーンズ、セルジュ・トゥビアナ
出演:マーティン・スコセッシ、デビッド・フィンチャー、アルノー・デプレシャン、黒沢清、ウェス・アンダーソン、ジェームズ・グレイ、オリヴィエ・アサイヤス、リチャード・リンクレイター、ピーター・ボグダノヴィッチ、ポール・シュレイダー
提供:ギャガ、ロングライド
配給:ロングライド
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公式サイト:hitchcocktruffaut-movie.com

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