『この世界の片隅に』が観客の心を揺さぶる理由 「感動」の先にあるテーマとは
本作が指し示した「感動」の先にあるテーマ
道に迷ったすずが、遊郭で生きる女性に助けられる場面がある。彼女も自由な意志を奪われた生活を余儀なくされた存在である。すずはお礼として、戦時中にはなかなか手に入れることのできない甘いものを絵に描いて彼女に見せる。
人の死がすぐ間近にある過酷な状況が描かれる本作で、救いになっているのは、人間同士が支え合い助け合って生きていくという部分だろう。すずをはじめとして、多くの人間が政治や世界情勢にあまり興味を持たず、騙されたり暴力に屈することで悲劇に巻き込まれてしまった。個人の力に限界があることも事実だろう。しかし、目の前の困っている人を助けるという行為によって、世界がほんの少しだけ好転するということもまた事実だ。
ある人たちが自由意志を暴力によって奪われるという悲劇は、いまも日本や世界の片隅で起こっているはずである。本作と現代社会はその意味でも地続きに繋がっているといえる。そのような状況下にあって、個人がそれぞれにやれることをやることで、次に起こり得る悲劇を回避できるかもしれない。本作が真に望んでいることは、観客に「感動」してもらうことだけではなく、その先にあるはずである。
■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter/映画批評サイト
■公開情報
『この世界の片隅に』
テアトル新宿、ユーロスペースほか全国上映中
出演:のん、細谷佳正、稲葉菜月、尾身美詞、小野大輔、潘めぐみ、岩井七世、澁谷天外
監督・脚本:片渕須直
原作:こうの史代「この世界の片隅に」(双葉社刊)
企画:丸山正雄
監督補・画面構成:浦谷千恵
キャラクターデザイン・作画監督:松原秀典
音楽:コトリンゴ
プロデューサー:真木太郎
製作統括:GENCO
アニメーション制作:MAPPA
配給:東京テアトル
(c)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
公式サイト:konosekai.jp