『君の名は。』エグゼクティブプロデューサー古澤佳寛氏インタビュー
『君の名は。』エグゼクティブプロデューサーが語る、大ヒットの要因と東宝好調の秘訣
全国映画週末興行ランキングで7週連続1位を記録し(興行通信社調べ)、観客動員は1000万人超え、10月10日までで興行収入145億6000万円を超える大ヒットになった『君の名は。』。社会現象と化した『君の名は。』の大ヒットについては、さまざまなメディアでも分析が行われている。今回リアルサウンド映画部では、大ヒットの要因をさらに深掘りすべく、本作のキーマンのひとり、38歳にしてエグゼクティブプロデューサーを務めた古澤佳寛氏にインタビュー。東宝がオリジナルのアニメで勝負をしようとした製作背景から、大ヒットに繋がることになった要因、そして新海誠に続く未来を担う若き才能についてまで、じっくりと語ってもらった。
「当初の興行収入目標は20億だった」
ーーそもそも『君の名は。』はどのような形で製作が始まったのでしょうか?
古澤佳寛(以下、古澤):私は所属している映像事業部においては、コンテンツの権利獲得や、AKB48のドキュメンタリーシリーズなど映画以外のコンテンツを映画館で上映するODSという業務を中心に手がけていました。その中で、東宝も本気でアニメをやっていこうという話が上がり、私が責任者となり、2012年にTOHO animationというアニメレーベルを設立しました。TOHO animation立ち上げた最大の理由は、自社企画のアニメという意味で東宝にウィークポイントがあったからです。例えば、東映さんの場合、東映アニメーションという会社があって、自分たちで企画を立ち上げてやられていましたが、東宝の場合、『名探偵コナン』『ドラえもん』『ポケモン』『妖怪ウォッチ』、そしてジブリ作品など、大ヒット作品のほとんどは、立ち上がっている企画の配給部分をお手伝いする形が多かったです。なので、自分たちで1から企画を立ち上げ、東宝映像事業部配給ではなく、東宝本体で全国300館クラスで配給するのが設立当初の目標でした。そこで課題になったのが、「誰とそれを実現するのか」でした。全国300館クラスの配給となると、相当力があって作家性も備わっている監督でないと勝負できない。新海誠監督は、2013年に東宝映像事業部で配給させていただいた『言の葉の庭』が、全国23館の上映にも関わらず1.3億円の興行収入を記録し実績も大いにありましたし、我々が必要だと考えていた要素をしっかりと持っている監督だったので、そこからスタートしたんです。
ーー企画・プロデュースの川村元気さんもその頃から関わっていたのでしょうか?
古澤:川村は自分でこういう企画をやりたいと自ら提案するタイプなので、それまでずっと新海監督の作品の配給を行なっていたコミックス・ウェーブ・フィルムさんからの配給お預かりという形だった『言の葉の庭』には関わっていませんでした。『言の葉の庭』の打ち上げの際に、コミックス・ウェーブ・フィルム代表の川口さんから、これ以上の規模は自分たちにはできないので、次は東宝にすべてお任せしたいということをおっしゃっていただき、我々も是非やらせてくださいということになったんです。ただ、監督の作家性を尊重しつつも、ヒットさせるためのメジャーな視点も必要だったので、現場で監督と直で議論ができるような人間を入れるべきだと思い、東宝で1番売れっ子である川村に入ってもらうことにしました。しかも川村は入社3年目ぐらいの頃に、現在の代表取締役の島谷を連れて、川口さんに会いに行っているんです。「ぜひ一緒にやらせてください」と。当時はまだ川口さんも全部自分たちでやるという方針だったので、「いつかご一緒しましょう」ということになりましたが、その間にも、別のプロデューサーが川口さんや新海監督とやり取りをしていたので、東宝の中でもうまくバトンが繋がっていたんです。
ーーどのような作品で勝負するかは監督とも話し合いを重ねながら進んでいったのでしょうか?
古澤:どんな作品を作るかは、最終的にはもちろん監督が決めるものです。ただ、わざわざ監督の苦手なことを大きなステージでやる必要はないので、これまで新海監督が培ってきたものをすべて合わせた得意分野で、「これぞ新海誠作品!」と言えるような作品にしましょう、「新海監督のベスト盤にしましょう」ということは話し合いながら決めていきました。『君の名は。』は企画の段階からかなりの完成度だったので、セリフなどの細かい部分に関してはほとんど口を出しませんでしたが、このままだと少しフェティシズムが過ぎませんか? とか、ストーリーの構成をもう少し変えたほうがいいのでは? といったようなことや、作品タイトルなどの大きな部分では、こちらの意見を提示することは結構ありました。
ーー結果的には興行収入145億円、観客動員1000万人を超える大ヒットになりましたが、当初はどの程度の予想だったのでしょうか?
古澤:製作費から逆算して、20億はいきたいと思っていました。川口さんは「新海監督を男にするんだ!」という意気込みで14年間ずっとやってきていたので、『君の名は。』はとにかく作品をオーバークオリティに仕上げる執念が詰まった作品になりました。なので、製作委員会が出した製作費以上にお金を使われているんです。制作会社としてマイナスになってしまった分を出資配分で回収してもらおうと思っていたので、逆に20億に届かないとヤバいと思っていました。公開規模に関しても、最初から250館以上ではやるつもりでしたが、最終的に300館までやろうと決めたのは、昨年の12月の段階でした。
ーー試写での評判がよかった?
古澤:はい。試写を行っていく過程で、関係者や東宝の役員から一般試写に来てくださったお客さんまで、「これはとんでもない作品なんじゃないか」という感じになっていったんです。『君の名は。』の約1ヶ月前に公開した『シン・ゴジラ』が、ほとんど試写を行わない“観せない宣伝”だったのに対して、『君の名は。』は試写会で計4万人弱に観てもらう“観せる宣伝”を行った。これは、興行収入でいうと5000万円以上に相当する数字で、1.3億円の興行収入だった『言の葉の庭』の3分の1以上の数字に当たるわけです。そんな大勢にタダで観せて大丈夫なのかという議論ももちろんあったのですが、そもそも公開規模も違うし、作品をもっと広げていくためにはそのよさに気づいてもらわなければいけないと思い、こういう形になりました。試写では若い層のお客さんに結構観ていただいたので、その時点ですでにSNSなどでバズが徐々に起こり始めていたんです。
ーーなるほど。なかなか勇気のいる施策ですよね。
古澤:さらに言うと、人がいつ映画を観ようと思うかというと、実は映画館なんですよね。テレビスポットや街中の広告より、映画館の予告編やポスターを見て、「次はこの映画を観よう」と思う人が1番多い。なので、最初に情報を出すときは、客層が被りそうな作品が劇場でかかっているタイミングでやることにしました。公開情報の解禁自体は昨年の12月に行いましたが、4月16日公開の『名探偵コナン 純黒の悪夢(ナイトメア)』の上映劇場で、『君の名は。』の特報を初めて流したんです。それがお客さんにとって初めて映像をきちんと観てもらえるタイミングだったので、そこが1番最初の最も大きなバズでした。『名探偵コナン』も60億を超える大ヒットでしたからね。そこで小学生からその親世代まで幅広い層に観てもらい、その後こちらも大ヒットした『シン・ゴジラ』に繋がっていくわけです。『シン・ゴジラ』の上映劇場でも予告編を流したので、その効果も相当大きかったと思います。手前のヒット作に盛り上げてもらっていたのも、今回の大ヒットに繋がる大きな要因でしょう。当初は、中高生〜40代ぐらいまでの客層を想定していましたが、実際には小学生から60代以上の方々にもたくさん足を運んでいただきましたから。