妻夫木聡と綾野剛、ゲイを正面から演じたことの意義 『怒り』が日本映画界に投げかけたもの

 日本映画に限らず、ゲイを主人公に据えた作品は、抑圧された状態から始まり、次第に自身のセクシュアリティやアイデンティティを解放していくという流れが王道だ。しかし『怒り』は、すでに(ゲイとしての)生き方を確立している主人公が、1人の人間として本当に求めるものに気付かされるという、〈その先〉を描くストーリーである。優馬という人間を描くためにはまず、優馬の立ち位置を示す場所がある。そのために、冒頭のパーティシーンや刺激的な性描写は必要だったのだ。そして、直人といることで、(ゲイとして)生きるために身につけた鎧を一枚ずつ脱ぎ捨て、むき出しになり、どんどん優しく、そして弱さを露呈するようになる。その変化を見ていれば、彼の過去について言葉では何ひとつ語られなくても、優馬がどれだけ傷ついてきたのかは容易に想像できるだろう。

 前段の(ゲイとしての)(ゲイとして)と括弧でくくった箇所は、(親として)(独身子なしとして)(夫として)(経営者として)など、様々な役割や立場に置き換えられる。つまり本作は、ゲイを社会の片隅にいる特別な人物としてではなく、我々の物語として描くことに成功しているのだ。それはもちろん、すでに多くのインタビューで語られているような方法で、畏怖と愛と覚悟をもって役にぶつかっていった、妻夫木聡と綾野剛の繊細な芝居の力でもある。

メジャーな日本映画として『怒り』が与えたインパクトは、作品の時代もテーマもまったく違うが、ヒース・レジャーとジェイク・ギレンホールがアメリカの保守的な社会背景のなか愛し合う男同士を演じた、アン・リー監督の『ブロークバック・マウンテン』くらい大きいのではないだろうか。しかも、本作はPG12作品なので、基本的にすべての人が鑑賞できる。11歳の自分が親と観に行っていたら、「男の人たちが裸でたくさんいた場所ってなんていうところ?」と質問していただろう。もしも自分が同様の質問をされたら、「あそこはゲイの人が相手を探す場所なんだよ」と教えてあげられる親でありたい。(独身子なし)ですけども。

■須永貴子
インタビュアー、ライター。映画を中心に、俳優や監督、お笑い芸人、アイドル、企業家から市井の人までインタビュー仕事多数。

■公開情報
『怒り』
全国東宝系にて公開中
監督・脚本:李相日
原作:吉田修一「怒り」(中央公論新社刊)
出演:渡辺謙、森山未來、松山ケンイチ、綾野剛、広瀬すず、佐久本宝、ピエール瀧、三浦貴大、高畑充希、原日出子、池脇千鶴、宮崎あおい、妻夫木聡
配給:東宝
(c)2016映画「怒り」製作委員会
公式サイト:www.ikari-movie.com

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