荻野洋一の『シビル・ウォー』評:スーパーヒーローたちの華麗なる饗宴の影にあるもの
シドニー・ポラック監督『追憶』(1973)、アーウィン・ウィンクラー監督『真実の瞬間』(1991)、ジョージ・クルーニー監督・主演『グッドナイト&グッドラック』(2005)など、赤狩りによる苦悩や抵抗を描いた作品が、ほそぼそとではあるがハリウッドでも製作されてきた。今夏には、『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』(2015)が日本公開される予定である。赤狩りで追放されたあと、本名を隠して『ローマの休日』のシナリオを書き上げたダルトン・トランボの苦闘と名誉回復を描いた作品であり、西部劇スターのジョン・ウェインらが赤狩りを推進する側として登場するそうで、その点で興味が尽きない。
しかし、そうした直接的に赤狩りを扱った作品ではないにしろ、アメリカ映画の歴史で少なからぬ作品群が、その影を引きずっている。この『キャプテン・アメリカ』シリーズも、そのひとつとして捉えることはできないだろうか。しかし、上記の作品群は赤狩りの被害者や、当局の弾圧に抵抗した人々を描き、見る側に共感をもたらすことをめざしているけれども、キャプテン・アメリカの場合、人気回復の一時的な方策だったとはいえ、赤狩りの当事者として活躍してしまった暗い過去がある。
今回の『シビル・ウォー』において、キャプテン・アメリカが国連の「ソコヴィア協定」に従おうとしないのはそこなのだと思う。彼は時の趨勢が押しつける正義がいかに疑わしく、移ろいやすく、危ういものであるかを、1941年アメコミ誌上での初登場以来、身に染みて経験してきたのだ。もう彼は他人が押しつける価値観や正義に振り回されることなく、みずからの信念を貫いて行動したいのだと思う。たしかに映画冒頭のアフリカでの作戦では、一般人の犠牲者を出してしまい、国際的非難を浴びたが、だからといって、彼には譲歩するという選択肢はもうないのである。それほどまでに、赤狩りの傷は彼を今なお、苛んでいるのだろう。
そうでなければ、テロリストの嫌疑をかけられたウィンター・ソルジャー(セバスチャン・スタン)を、なぜあれほどまでに親身にかばい続け、彼の逃亡を援助し続けるのか、説明がつかないではないか。ウィンター・ソルジャーが前作と今作の両方において悪役となる理由は、彼が旧ソビエト連邦の暗殺者として洗脳された存在であるためである。しかし、そんな事情を真剣に受け止めているのは、悲しいかな、キャプテン・アメリカと、私たち観客だけである。他に、ウィンター・ソルジャーに情状酌量の余地があると考えているのは、おそらくウィンター・ソルジャー本人も含めて誰もいないのである。
この孤立無援なテロリストを、昔なじみの親友だからという一点の理由において、キャプテン・アメリカは擁護し、逃亡を助け、さらにはみずから国際指名手配を甘んじて受け入れる。昔の友情に殉じるというこの悲愴なまでの覚悟を、私たち観客は本気で受け止めねばなるまい。それはキャプテン・アメリカが過去につくった内なる傷痕、悔恨に対するみずからの名誉回復の試みなのだ。
《祖国を裏切るか友を裏切るか、二者択一を迫られた場合、迷うことなく祖国を裏切る》という建国当初のアメリカの理念を回復する。そのために彼は、現在の盟友たるアイアンマンを敵にまわすことを選び、国際指名手配の犯罪者という汚名を着た。
スーパーヒーローたちの華麗なる饗宴の影に、ひとりの英雄の、にがい、あまりにもにがい認識が隠されている。ヒーローが楽天的に悪者をバン、バンと撃って倒してハッピーエンドーーそれがアメリカ映画というものの、いつまでも若々しさを失わない魅力ではある。しかし、夢を抱いて都会に出てきた若者が、にがさを噛みしめて、あっという間に老成していく様を、私たちは幾度となく見てきたではないか。それもアメリカ映画のもうひとつの姿である。中東をはじめ世界情勢が反映しているのかはともかく、今、スーパーヒーロー映画は、正義をめぐる理念が動揺し、ある老成を余儀なくされている。『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』はそうした過渡期に生まれた、歴史的な作品だと言える。この内戦の向こう側に、いったいどんな風景が広がりうるのか。シリーズの今後を注視ながら、見極めていけたらと思う。
■荻野洋一
番組等映像作品の構成・演出業、映画評論家。WOWOW『リーガ・エスパニョーラ』の演出ほか、テレビ番組等を多数手がける。また、雑誌「NOBODY」「boidマガジン」「キネマ旬報」「映画芸術」「エスクァイア」「スタジオボイス」等に映画評論を寄稿。元「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン」編集委員。1996年から2014年まで横浜国立大学で「映像論」講義を受け持った。現在、日本映画プロフェッショナル大賞の選考委員もつとめる。
■公開情報
『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』
全国公開中
監督:アンソニー・ルッソ&ジョー・ルッソ
製作:ケヴィン・ファイギ
配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン
(c)2016 Marvel.
公式サイト:Marvel-japan.jp/Civilwar