門間雄介の「日本映画を更新する人たち」 第1回

「これからの才能があちこちで産声をあげている」門間雄介が“日本映画の新世代”を探る連載開始

 今泉力哉監督はインディペンデントな監督のなかでも役者を活かすことに長けたひとりだが、『知らない、ふたり』を観ると、彼が演出において何を大事にしているかわかる気がする。片想いも両想いも二股も、等価な恋心として扱うこの恋愛群像劇が焦点を当てるのは、誰かを好きになる瞬間に心が跳ねたり弾けたりする、その揺れ動きだ。じゃあNU'ESTのメンバーを主人公に起用し、韓国語と日本語が交錯する芝居を通して、その心の揺れ動きをどう表現するのか。演出が強調しているのは――少なくとも僕にはそう思えるのは――鮮度だろう。

 役者の新鮮な芝居を、鮮度もそのままにすくいとること。それは心のなかで何らかの感情が芽生える瞬間を、漏らさずカメラでとらえることと相通じている。人づてに聞けば、彼の現場はテイクを多く重ねることなく、撮影に長時間を費やすことがないらしい。きっとインディペンデント作品ならではの制作環境も影響しているはずだが、これまでの作品でも鮮度管理を決して怠らなかった彼の演出は、この作品はもちろんのこと、ひょっとしたらいずれ規模が大きくなる将来の作品でも、役者を活かすことにつながるだろう。

 「あの子どもたちの演出に嫉妬する」。かつて『ジャーマン+雨』を観た山下敦弘監督がそう話したのは、『俳優 亀岡拓次』の横浜聡子監督だ。たとえ子どもたちであっても嘘っぽい芝居を排し、その生き生きとした部分を絶妙に引きだす彼女の演出は、7年ぶりの長編監督作となった今回の作品でも錆びついていない。主演の安田顕が扮するのは、さまざまな映画の現場で奇跡を起こす脇役俳優、亀岡拓次。でも奇跡を起こす俳優役だからと言って、目が飛び出るとか、何度も吐しゃするとか、そう書かれた脚本通りに誰もが芝居できるわけではない。当たり前だ。なかには脚本を読んだだけではイメージしにくい、光と影と音によって構成されると書かれた、外国人監督とのオーディションシーンもある。

 でもそうやってもうけられたいくつもの難関難所が、結果として、すでに芸達者で知られる安田顕のポテンシャルをさらに引きだすことに成功した。原作はあるものの、そのような趣向を凝らした脚本は当然、横浜聡子自身の手によって書かれている。つまりそれも演出に組み込まれた一部なのだ。

 役者にチャレンジさせることで、その能力を遺憾なく発揮させる。そんな手法を近年得意としているのがカナダ出身のジャン=マルク・ヴァレ監督だ。以前、彼が海外サイトのインタビューでこんなふうに語っているのを目にしたことがある。“(ハリウッドの)役者は金も名誉も手に入れている。彼らが欲しがっているのはチャレンジだ”。『ダラス・バイヤーズクラブ』のマシュー・マコノヒー、『わたしに会うまでの1600キロ』のリース・ウィザースプーンといった具合に、彼の作品から続けてオスカー候補が生まれたのは偶然ではない。『俳優 亀岡拓次』における横浜聡子の演出も、僕からすると同じような観点で評価できる。

■門間雄介
編集者/ライター。「BRUTUS」「CREA」「DIME」「ELLE」「Harper's BAZAAR」「POPEYE」などに執筆。
編集・構成を行った「伊坂幸太郎×山下敦弘 実験4号」「星野源 雑談集1」「二階堂ふみ アダルト 上」が発売中。Twitter

■公開情報
『俳優 亀岡拓次』
公開中
監督:横浜聡子
出演:安田顕、麻生久美子、宇野祥平、新井浩文、染谷将太
原作:戌井昭人「俳優・亀岡拓次」(フォイル刊) 
製作:『俳優 亀岡拓次』製作委員会
配給:日活
(c)2016『俳優 亀岡拓次』製作委員会
公式サイト:http://kametaku.com/

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