菊地成孔の欧米休憩タイム〜アルファヴェットを使わない国々の映画批評〜 第3回(前編)
菊地成孔がキム・ウビン主演『技術者たち』を解説「『ルパン三世』実写版と併映で観るべき」
21世紀はどうやってクールダウンするか?
この「昭和感/20世紀感(ついでにアメリカ感)」を是とするか非とするかで、韓流へのハードルが大きく変わります。韓流ファンが漠然と「中~壮年である」とパブリックイメージされるのは、ここにイメージ的な根拠がある訳ですが、前述の通り、アメリカ式/ラーメン式は、どんどん上げて行った刺激をいつか下げなきゃ行けない時が来る。アメリカが肥満と塩分の過剰摂取に悩まされる所以ですね(韓国はカプサイシンがあるから大丈夫)。年寄りにはキツいです。
『トイ・ストーリー』とか、1作目がすごいよかったと、アメリカにおける通過儀礼の問題で、「大人になること」に直面したときに、「あなたはおもちゃを捨てますか?」という根本的な問題に対して、「おもちゃは生きている」という。この設定だけでもう泣けるに決まっているところを、『トイ・ストーリー2』が『1』を凌駕して、『3』はさらにそれを凌駕して…となっていくと、『4』はもっと凌駕して…となって、もう結局、「トイストーリー10」までには、登場人物も客も全員感動した死んでしまうと。
20世紀までは、「だんだんクオリティが下がって、自然になくなる」という手法が使えたんですね。ところが時代はアーカイヴとレンタルとデジタルとインターネッ(以下省略)なので、「だんだんクオリティが下がる」という老衰みたいな事を、じっくり見てもらう暇なんかなくなってきた。なので「途中で1回長い休憩をとる」か、あるいは「1回クオリティを何らかの形でわざと落とす」ということをしなければいけない。これは恐らくハリウッドが初期から抱えていた問題でしょうね。ワタシは『アナと雪の女王』なんて、『トイストーリー』の休憩時間だと思っていたんですが、テレビドラマ『glee/グリー』からの搾取で、予想以上に大ヒット(しかも「主題歌によって」という、これもある意味で昭和的な)。という風に捉えています。
それに失敗したのが、ジャック・スパロウのシリーズです。『パイレーツ・オブ・カリビアン』というのは、『1』『2』『3』と、どんどん面白くなっていくという形で、1回終結を迎えるんですが、契約の問題だか何だか解りませんが、まだ続けなきゃいけなかった。その結果、『パイレーツ・オブ・カリビアン』は、4作目で、一回つまらなくするという形をとりました。これは余り指摘されませんが、その方法として、そもそもディズニーランドのアトラクションのひとつから作品世界を作ったこのシリーズに、始めて原作小説を導入したんですね。
オリジナル脚本だったら好きなだけ面白いものが書けるんですが、原作の導入によってちょっと面白くなくするという、何かひとつのクールダウンみたいな試みの結果、『パイレーツ・オブ・カリビアン』自体がなくなってしまい、デップの仕事自体が迷走状態に入ってしまった。「キモサベ(『ローン・レンジャー』でデップが演じたトントの台詞)」とか言い出したりして(笑)。
ワタシはミレニアム・ファルコン号に乗りそびれたままの52歳なので、『スター・ウォーズ』が21世紀に入ってから、どうやって延命しているのか、方法を知らないのですが、『キングスマン』も多分『2』があります。『3』『4』となっていったら、どうするのだろうか?
『技術者たち』は、それもしません。そもそも塩と脂に頼ってないから、というのもありますが、それと地続きに「あらゆる意味で続編可能性が感じられない」という点が挙げられるでしょう(これは、ご覧頂ければ解ります)。
<大スターの当たり訳>によってマーケットを作り、金を生むのだ。という、別に大悪でもない方法に対して、スマートに逃れている。この主人公の様に。ここはハリウッドに近そうに見せて、違う点であるとカウント出来るでしょう。清潔なことをやろうということになったと思うんですよね。「せっかく作った魅力的なキャラクターを生き続け<させない>」という事のストイシズムは、日本人にとっては、気を失うほど考えられない事ではないでしょうか?
効いている小技たち、そしていつもの結論
細部のリアリズムもとても良い塩梅です。若い美少年の天才ハッカーが、実はヒップホップ小僧でクラブが好きだという設定とかは、日本でも考えつきそうなんですが、圧倒的にリアリティとシャレている感じの熱量が違っていて、ハッカーの指1本1本にタトゥーが入ってたり、小技が効いているんです。
やっぱりこういうエンターテインメント映画の重要なのは細部の小技で、日本だったら絶対にやらない。日本で天才ハッカーが出てきたら、眼鏡をかけていて、オタクの記号を背負っていて(あるいは、その反転の、美少女高校生とか)、と、紋切型になるに決まっていて、ただ単にそれを有名な俳優がやっているからいいでしょ? という感じで、細部に神が宿る感じのディテールがヤベエというところまで、もう力が回らない。スターが出てくるから、撮影時間も限られているし、監督はいろんなのと板挟みだし、みたいになってしまう。この作品には、そういう甘えや構造的な疲労が全くない。ハッカーが指先1本1本にタトゥーが入れているというのは、欧米映画でも見たことがありません。
日本だと<制作も現場の人も監督も絶対クラブに行ったことないな、、、、>というようなクラブが出てきますが、本作でのクラブ全体の描写はリアルで、韓国のクラブってこんな感じだよなという。ワタシも行ったことがあるからわかりますが、「そうそう、こうだよ」という。いまだにお立ち台とかがあるのがリアルで、そこに来ているお姉さんたちの服も、日本の映画とかテレビドラマだと、このために買ってきたんですか? みたいな感じのものが多いんですが、本当にクラバーのお姉ちゃん集めてやっているようなリアリティーがあって、そういうディテールも凝っているんですね。
国は違えど、映画の原作者、脚本家、監督、制作が、チャラチャラ遊んでいる人々だったり、若い頃はそうだったり、という事はほとんどない筈です。アメリカ映画の多くに「映画なんか作ってる奴は、イケてなかった奴なんだ」というった台詞が出て来ます。だけど、その人たちが、やっぱりエンタメなんだから、細部にはちゃんと凝んなきゃと思っているということが、ひしひしと伝わってくるのが韓国の熱量とリアルで、日本は、漫画原作とスターの配役で手一杯感、を越えるか越えられないか、特別のギフト頼りの状態で、これは皮肉でも、また比喩でもなく、日本のこの種のエンタメというのはラーメン二郎が世界を制して君臨している。と言えるでしょう。
最後に、一番感心したのが、最も冷血な準悪役というか、殺し屋が、キム・ウビンと対照的な、普通にすごい良い男なんですが、うまいこと考えたなと思ったのは、その人の身長が190cmもあるキム・ウビンよりちょっとだけ高いという(笑)。「主演であるキム・ウビンが作品中最も長身」という一種のお約束を、楽しんで破っている。それを利用してキム・ウビンをリアルにかっこよく見せる。
本作はどんな人種の人が観たって面白いと思うんですが、もうK-MOVIEということでタコ壺化してるので、結局、日本の中に何千人か何万人かいるキム・ウビンのファンしか観ないと思います。だから外に広がっていく可能性があらかじめ閉ざされている。『進撃の巨人』や『キングスマン』なら誰でも観るけど、やっぱり<キム・ウビン主演『技術者たち』>というと、観ない人は絶対観ないので。声を大にして言いたいのは、ものすごい面白いから、とりあえず観てもらいたい。できれば実写版・小栗旬主演の『ルバン三世』と併映で観てもらいたいです。なんだかんだ言っても日本がどれだけ平和で、経済が(表向きは)豊かな素晴らしい国であるかが嫌というほど解ります。
■公開情報
『技術者たち』
公開中
監督:キム・ホンソン
出演:キム・ウビン、イ・ヒョヌ、コ・チャンソク、キム・ヨンチョル、チョ・ユニ
2014年/韓国/116分
配給:クロックワークス
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公式サイト:gijyutsu-movie.com