007最大の敵「スペクター」とは何か? ボンド映画の歴史を振り返る

悪の天才ブロフェルドとの因縁

 「ボンド君、自己紹介しよう。私がエルンスト・スタヴロ・ブロフェルドだ」スペクターの首領ブロフェルドが、とうとうはっきりとその姿を現したのは、日本を舞台にした『007は二度死ぬ』である。ボンドは、丹波哲郎が演じる謎の東洋人・タイガー田中が率いる日本の忍者軍団と共闘し、あと一歩のところまでブロフェルドを追い詰めるが、とり逃してしまう。ブロフェルドは、スキン・ヘッドで、右目から頬にかけて大きな傷のある不気味な男だった。

 しかしその後、ブロフェルドは毎回のように異なる役者が演じ、その姿は毎回異なっている。これは、原作にもあるように、捜査から逃れるために何度も整形を繰り返しているという設定に従ったものだ。さらに、ボンドとの戦いの中で彼は何度も絶命するが、じつは、死んだのは雇われた影武者であり、本体は生き延び続けている。『007 ダイヤモンドは永遠に』では、前作で愛する女をスペクターに殺されたボンドが、ブロフェルドの可愛がっている猫を蹴っ飛ばすことによって本体の動揺を誘い、本物かどうか見分けるという最低の作戦を思いつくが、これは失敗してしまう。なんと、その蹴っ飛ばされた猫すら影武者猫だったのだ!猫を蹴っ飛ばすボンドもひどいが、他の猫であればどうなろうが構わないというブロフェルド、やはり悪の天才である。

 イアン・フレミングの原作小説では、ブロフェルドは株取引によって得た資金で独自のスパイ組織をつくり、第二次大戦中は連合国と枢軸国の両陣営に情報を売ることで成功し、犯罪組織スペクター結成に至ったとされている。ソ連のスメルシュのような政治的理念を持ち合わせていないスペクターは、現代の、節操なく利益を追求し続ける経済団体や国の規模をも超える力を持った多国籍企業、また、戦争を起こすことによって肥え太ろうとする、軍産複合体に連なる軍需産業や情報産業を思い起こさせる。冷戦が問題になっていた時期よりも、むしろ現在のほうが、よりスペクターの脅威にリアリティが備わっているといえるかもしれない。

 シリーズが長期化し、ボンド役がショーン・コネリーから、ジョージ・レーゼンビーやロジャー・ムーアらに変更されるように、ブロフェルドも役者を変更しながら生き続ける。ボンド映画にとって、ボンドが「不死の存在」であるように、ブロフェルドもまた、何度も蘇る「不死の存在」である。しかし、『007 ユア・アイズ・オンリー』で工場の煙突に落下して以来、ブロフェルドはあっさりと本シリーズから姿を消してしまう。

スペクターの死、そして再生

 じつは、ブロフェルドというキャラクターを発案したのは、原作者イアン・フレミングではなく、ボンド小説の映画化脚本を手がけていたケヴィン・マクローリーらであった。映画第一作にブロフェルドを登場させることは見送られたが、フレミングは自身の小説に無断でブロフェルドを登場させた。それがまたマクローリーらに無断で映画化されたのだ。この問題は裁判に発展し、フレミングは彼らに慰謝料を払うことになった。ゴールドフィンガーがスペクターの幹部として描写されなかったのは、これが影響しているという。しかし、イオン・プロがいつまでもブロフェルドを映画に登場させ続けたことで、マクローリーは以降、キャラクター使用を中止させた。その後スペクターおよびブロフェルドは、裁判で映画化権を手にしたマクローリーの原作により、本シリーズとは別にアメリカで製作された『ネバーセイ・ネバーアゲイン』のなかに登場したのみである。不死の存在であったブロフェルドは、こうして大人の事情によって葬られ、ボンド映画から消えたのである。

 ダニエル・クレイグ演じる、現在の「007」シリーズは、いったんシリーズを仕切りなおし、007誕生を描き、再び原点に立ち戻るというねらいがある。だから、ここでも秘密犯罪組織との戦いを描いている。だが、その組織名は「量子」を意味する「クァンタム(Quantum)」とされた。これは、政府機関、企業、犯罪組織など、無数にちらばった因子が構成する巨大組織を予感させるもので、その意味合いは、やはりスペクターと同等のものである。しかし、長年の交渉が実を結び、制作側はやっとスペクター権利問題をクリアーすることに成功し、今回の使用にこぎつけた。クレイグ・ボンドが戦っていた組織・クァンタムと、スペクターがどう設定上折り合いがつけられるのかは、映画の公開を待ちたい。

 『007 スカイフォール』で、やっと本来のスタイルを取り戻した007。そして、満を持して現れる本来の敵・スペクター。両者が対峙する『007 スペクター』は、シリーズ上においても必見の作であろう。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『007 スペクター』
12/4(金)より、TOHO シネマズ日劇ほかにて全国ロードショー
11/27(金)、28(土)、29(日)先行公開
監督:サム・メンデス
主題歌:サム・スミス「ライティングズ・オン・ザ・ウォール」
出演:ダニエル・クレイグ、クリストフ・ヴァルツ、レイフ・ファインズ、ベン・ウィショー、ナオミ・ハリス、レア・セドゥ、モニカ・ベルッチ、イェスパー・クリステンセン、アンドリュー・スコット、デイヴ・バウティスタ
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