宮台真司の『野火』『日本のいちばん長い日』評:戦争を描いた非戦争映画が伝えるもの

宮台真司の『野火』『日本のいちばん長い日』評:戦争を描いた非戦争映画が伝えるもの

概念言語と言語以前の微妙な関係

 阿南一家のあり方、阿南陸相と陛下との心の通い合い、狡猾な東条英機とピュアな畑中少佐の対比などから、「古い人たちの人間関係や古い人の佇まいは、いいものだな」と感じさせます。オーラが感染するのです。僕たちはこうして言語以前的な感情に動機づけられるのですが、しかし、その感情が概念言語によって水路づけられてしまうので、ミソもクソも一緒になりがちなのです。例えば、阿南陸相と幕僚たちが「ともに陸軍幹部」ということになり、「東条英機と畑中少佐が同じ尊皇主義者」ということになってしまいます。

 イデオロギーつまり概念言語の如何を以てヒトを分ける仕方とは別に、他者を感染させる力をもつ立派な存在かどうかでヒトを分ける仕方もあります。玄洋社の遠山満は、左右のイデオロギーを問わず、コイツは立派だと判断すれば食客にしました。そのように、ヒトの立派さや情念や心意気への感染を良しとする構えが、ただの保守と区別されて、右翼的=主意主義的と見做されてきた歴史があります。映画でも、暴発した若手将校はただのキチガイとしては描かれていません。しかしそこにこそ、これから述べる悲劇があります。

 例えば、僕が誰かの情念や心意気に感染したとして、その誰かが抱くイデオロギーが愚昧であれば、僕は愚昧なイデオロギーに引き回されます。逆に、イデオロギーが愚昧だったにせよ、情念や心意気への感染自体が間違っていたわけではありません。しかし、情念や心意気への感染を、イデオロギーの正しさと取り違えると、悲劇がもたらされます。概念言語と言語以前のものとの間に、こうした微妙な関係があります。だから、かつての京都学派のように、言語以前的なものへの注目を切口に、愚昧な全体主義を呼び出せます。

概念言語はミソもクソも一緒くた

 京都大学で人類進化論を研究しておられる山極寿一先生は、人間の始まりは言葉でも火でもなく「共同保育」を行うようになったことだとします。猿は四肢が手ですが、ヒトは下肢が足に戻ったので、赤子が母親に常時つかまれず、仰向けに寝かされます。母親は赤子を置いて遠くに出かけられます。赤子は母親を呼ぶために泣きます。母親以外の周囲も駆けつけてあやせます。赤子は笑顔で報償を返します。こうした経緯で母親以外が育児に関わる可能性が開かれ、共同保育につながります。

 ヒトは下肢が足になったので、物を持って遠くに狩猟採集に出かけられます。それに必要な皮下脂肪を蓄えるべく満腹反応が遅れるようになります。遠くで狩猟採集してもその場で食べずに共同保育の場に持ち帰るようになりますが、可能にしたのが共感能力です。つまり「自分が空腹であるように家族や仲間も空腹なはずだ」などと他者に生じている反応を自らに引き起こす力です。こうしたことに加えて、山極先生はヒトが戦争をするようになったのは言葉のせいだとします。

 現存する原初的な部族を見ても分かるように、とりわけ女をめぐる争いが部族間抗争に発展しがちなものの、ジェノサイド(全面殺戮)は起こりません。基本的にメンツの争いなので、互いのメンツが立つよう抗争を収束させるための知恵が蓄積されてきました。ところが、4万年余り前から言葉を使うようになって、ミソもクソも一緒くたに全て敵のせいにできるようになります。それゆえ、言語以前的な感染力──感染する力やさせる力──が、概念言語に水路づけられるようになり、暴走しがちになったのだと。

 ロゴス中心主義的な西欧文明が一部を失った言語以前的なものへの鋭敏ぶりは、断固として擁護されるべきですが、そうであるにせよ、そうした言語以前的なものへの鋭敏ぶりが、概念言語によるデタラメな構築物に向けて動員されてきた歴史もあります。その意味で、言語以前的なものを擁護しつつ否定し、否定しつつ擁護するのが合理的です。原田監督は、英米で大学教育を受けて来られたのもあってか、『日本のいちばん長い日』では、日本的なものを「擁護しつつも距離をとり、距離をとりつつ擁護する」立場をとっておられます。

 そういうことも踏まえ、後編では主に『ドローン・オブ・ウォー』について話しましょう。

(取材=神谷弘一)

後編:宮台真司『ドローン・オブ・ウォー』評:テクノロジー使用がもたらす人倫破壊に対する、強力なる人倫の擁護

■宮台真司
社会学者。首都大学東京教授。近著に『14歳からの社会学』(世界文化社)、『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』(幻冬舎)など。Twitter

■公開情報
『日本のいちばん長い日』
公開中
役所広司 本木雅弘 松坂桃李 堤真一 山﨑努
監督・脚本:原田眞人
原作:半藤一利「日本のいちばん長い日 決定版」(文春文庫刊)
配給:アスミック・エース、松竹
©2015「日本のいちばん長い日」製作委員会

『野火』
公開中
原作:大岡昇平「野火」
出演:塚本晋也、リリー・フランキー、中村達也、森優作
監督・脚本・編集・撮影・製作:塚本晋也
製作年:2014年
製作:日本
上映時間:87分 PG12
配給:海獣シアター

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