倉本聰はなぜテレビを愛し、憎んだのかーー自伝『破れ星』から読み解くレジェンド脚本家の壮絶な人生

9月18日、脚本家の倉本聰が逝去した。
テレビの黎明期から様々なテレビドラマの脚本を執筆し、『北の国から』(フジテレビ系)シリーズを筆頭とする多くの名作ドラマを生み出してきた倉本聰は、山田太一や向田邦子と並ぶテレビドラマ脚本家のレジェンドだ。
倉本たちの活躍がなければ、テレビドラマが現在のような盛り上がりを獲得することも、脚本家の名前と作家性がここまで前面に打ち出されることもなかっただろう。
そんな倉本は、テレビドラマの歴史と共に歩んできたと言っても過言ではない。それは、彼が書いた『破れ星、流れた』(幻冬舎)と『破れ星、燃えた』(同)という二冊の自伝エッセイを読むと、より深く理解できる。
前編となる『破れ星、流れた』では、倉本の幼少期からプロの脚本家になるまでの青春時代が描かれている。
まず冒頭で戦前・戦中・敗戦直後の思い出が語られるのだが、はじめに倉本の父親のことが語られた後、倉本自身の話に移っていく流れは、大長編ドラマの導入部のようで、とても読み応えがある。戦時下の描写も細かく、当時のことがしっかりとした記録として書かれているため、ディテールが面白く、そのままテレビドラマにしても成立しそうである。
その後、倉本は成長して高校生となり、二浪して東京大学に入学。東大卒業後はニッポン放送に入社し、社員としてラジオ番組を制作する一方で、会社には内緒で倉本聰のペンネームでテレビドラマの脚本を書くようになる。
個人的にはニッポン放送時代のエピソードが、一番読み応えがあった。才能と熱意はあるが駆け出しの未熟な若者だった倉本聰の姿が、黎明期ゆえにデタラメで活気に満ちていたテレビやラジオの世界と重なって見える。中でも面白かったのが、ドキュラマ(ドキュメント+ドラマ)という発想で収録されたラジオドラマの話。
当時の倉本は、役者のしゃべるドラマのセリフに嘘くささを感じており、ドキュメンタリー(本書ではドキュメントと表記)で語られる人のセリフにリアルなものを感じていた。そのため、両者を融合させる手がないかと考えていた。
そして、恋人同士だった、新進気鋭の劇作家の寺山修司と松竹歌劇団の九条映子のカップルに、クリーニング屋の店員と床屋の女店員という役として浅草界隈で実際にデートしてもらい、その様子を倉本がデンスケ(ぜんまい式旧型録音機)を隠し持って追跡録音したテープを後で編集することでリアルなドラマを作ることに挑戦する。
倉本ドラマを観ていて、フィクションでありながらドキュメンタリーのようだと感じることがとても多いのだが、その原点はドキュラマにあるのではないかと思わされた。
そして後編となる『破れ星、燃えた』では、倉本がニッポン放送を辞めて、フリーの脚本家となって以降の話が書かれている。
「うまく、速く、安く」をモットーに、倉本は映画とテレビの脚本を次々と執筆するが、60年代末になると映画は斜陽となり、電気紙芝居と揶揄されていたテレビが強い影響力を持つようになる。そんな激動の時代に倉本はテレビドラマの脚本家としてヒット作を連発する売れっ子となっていくのだが、1974年の大河ドラマ『勝海舟』(NHK)の脚本を手掛けた際にNHKの演出スタッフと衝突した末に降板することになる。
その時に倉本は身を隠すために北海道に向かい、一度は脚本家引退を考えたが、フジテレビから依頼を受けて書いた連続ドラマ『6羽のかもめ』が高く評価されたことによってテレビドラマに復帰する。
『6羽のかもめ』は、テレビ業界や芸能界の内幕を描いたドラマで、この作品を最後にテレビの仕事を辞めようと思っていた倉本は、これまで溜まっていたテレビに対する不満を作品の中でぶちまけたのだが、そのことが逆にテレビ界の人間から高く評価される。
その後も、倉本は次々とヒット作を生み出し、やがて『北の国から』を書くことになる。
一方、同書の後半に進むにつれ、テレビ業界に対する批判が増えていくのだが、倉本のテレビ批判が、黎明期からテレビドラマに関わってきた愛憎ゆえのものであることは『6羽のかもめ』を観れば明らかだろう。
また、本書は役者たちと倉本の交遊録としての側面も強く、高倉健、石原裕次郎、緒形拳、八千草薫といった役者たちとのエピソードはとても興味深い。
何より印象深かったのは自宅で孤独死した大原麗子について書かれた部分だ。彼女の孤独死に対するショックが、テレビに功績のあった役者やスタッフのみが入ることができる無料老人ホームを舞台にした連続ドラマ『やすらぎの郷』(テレビ朝日系)を書いた一番の理由だったことは、本書を読むとより深く理解できる。
最後は『北の国から』で黒板五郎を演じた田中邦衛に対する思いが、五郎の死を描く予定だった幻の『北の国から』の続編の着想と共に語られている。続編が実現しなかったのは残念だが、放送終了後も倉本の中で『北の国から』が五郎の人生と共に続いており、発表の機会を窺っていたことに感動した。
倉本聰の死はテレビドラマの歴史において、大きな節目となる出来事だろう。倉本と共に日本のテレビドラマの発展に貢献してきた山田太一、向田邦子、市川森一、早坂暁、橋田壽賀子といったレジェンド脚本家もすでにこの世を去っており、今後は倉本たちが残した遺産をどのような形で継承するかが作り手の課題となっていくだろう。
そのヒントはこの2冊の本の中に散りばめられている。

























