連載:SFスクランブル交差点 書評家たちが選ぶ、2026年9月のベストSF小説

2026年9月のベストSF小説

 想像力の翼を自由にはばたかせてみたい。

 SFというジャンルに対して抱く思いは読者によってそれぞれ違うでしょうが、自由に、という要素は共通するのではないかと思います。さまざまなしがらみを離れて自由に。舞台となる世界はしっかりと構築されていたほうがいいが、でも行く先だけは自由に。どちらでも、どこへでも。空想のベクトルを制限することはできません。

 SFスクランブル交差点は、SFを自由に読むための月評です。さまざまな出自の評者が、国内外の作品を読み、その月の一押しをお薦めします。ルールはただひとつ、前月に出た新刊であること。原稿は到着順、そのほか一切の縛りなしでお届けします。

 さあ、どんな作品が選ばれていますことか。今回は、2026年9月刊行の作品です。

冬木糸一の一冊:ジェフ・ライマン 著/鯨井久志 編訳/中村融、古沢嘉通 訳『オムニセクシュアル ジェフ・ライマン傑作選』(国書刊行会)

 今回取り上げたいのは、国書刊行会から新しく始まった海外SF叢書《オムニフィクション》第一回配本の『オムニセクシュアル』だ。著者は1951年カナダ生まれのジェフ・ライマン。世界幻想文学大賞やアーサー・C・クラーク賞など数々の賞を受賞しながら、中短篇をまとめて読む機会はなかった。本書はそのキャリアの初期から後期までを網羅した九篇の傑作選だ。故郷を追われた少女が子宮で育てた機械部品や武器を売って暮らす(この世界では武器は生きものなのだ)代表作「征たれざる国――ある一代記」。男性同士で子を宿せるようになった世界を描く「バース・デイズ」。ポル・ポトの娘の〝ふつうの〟日々を亡霊譚として綴る「ポル・ポトの美しい娘」など、ストレートなSFから幻想譚、歴史奇譚まで幅広く、作家の力量を余すところなく堪能できる必読の一冊だ。

池澤春菜の一冊:ジェフ・ライマン 著/鯨井久志 編訳/中村融、古沢嘉通 訳『オムニセクシュアル ジェフ・ライマン傑作選』(国書刊行会)

 今月はどう考えてもこれ! SF叢書オムニフィクションの一冊目は知られざる作家の傑作選。

 クィアを公表しているライマンの作品はいずれも思弁に満ちている。爆弾のような問い、世界を変える見方、痛みと切望。

 男性が腸で妊娠する世界、女性だけの国、ポル・ポトの娘に届く過去からの声、子宮で武器を育てる女性、若きシェイクスピアの言語スラップスティック。AI時代の今読んで欲しい「ぬくもり」。

 ジャンルとテーマを縦横無尽に越境する作品の根底にあるのは持たざる者、虐げられた者、見えなくされた者たちだ。

あわいゆきの一冊:オキシタケヒコ『筺底のエルピス9 —絶望時空—』(小学館/ガガガ文庫)

 取り憑いた宿主の殺意を増幅させて「同族殺し」に駆り立てる、人間たちから「鬼」「悪魔」と呼ばれてきた存在——〈殺戮因果連鎖憑依体〉。

 それを封じ込める討伐員たちが使用する、境界面に触れたものを切断し、囲んだ空間の時間を止める武器——〈停時フィールド〉。

 人間と鬼が死闘を繰り広げる異能バトルからはじまった本作は、二つのSF設定が秘めている可能性をどこまでも膨らませることで、世界の存亡を描き、人類の長い歴史を語り、完結となる今巻で、ついに宇宙スケールに到達した。十二年がかりで執筆された、SFライトノベルの傑作だ。

香月祥宏の一冊:ジェフ・ライマン 著/鯨井久志 編訳/中村融、古沢嘉通 訳『オムニセクシュアル ジェフ・ライマン傑作選』(国書刊行会)

 子宮で育つ兵器や死者の顔を印刷するコピー機が、戦争と虐殺の記憶を今の暮らしとつなぐ。男性の妊娠やディズニーが観光を担う単為生殖の島は、身体や家族の境界を揺らす。名作「征たれざる国」の増補版をはじめ初訳6篇を含む9篇すべてが鮮烈だ。

 歴史の惨禍を奇想で描きながら、過去への責任も傷も消さない。生殖や血縁の意味が変わっても、痛みや不安は残る。それでも、支えられた経験は生きる力になり得る。異なる身体や生き方を苦さも温かさも込みで語る、"あらゆる"を意味する《オムニ》の名にふさわしい新叢書の船出だ。

堀川夢の一冊:ジェフ・ライマン 著/鯨井久志 編訳/中村融、古沢嘉通 訳『オムニセクシュアル ジェフ・ライマン傑作選』(国書刊行会)

 大注目のSF叢書が始まった! これまで光が当たってこなかった、女性やクィアの作家を紹介していくという。第一弾はカナダの作家、ジェフ・ライマンの短編傑作選。ごく当たり前にクィアがでてくるのは嬉しいし、ポル・ポトによる虐殺やナイジェリア内戦など、歴史上のいたましい出来事を当事者ではない者がSFの器のなかでどう真摯に描くのか、という点からみても読み応えたっぷり。いちばん好きだったのは、少年と親代わりロボットの別れと再会を描く「ぬくもり」。ロボットの「記憶」と人間の記憶を巡る、切なくあたたかいお話だ。

水上文の一冊:ジェフ・ライマン 著/鯨井久志 編訳/中村融、古沢嘉通 訳『オムニセクシュアル ジェフ・ライマン傑作選』(国書刊行会)

 異なる世界を描いているはずにもかかわらず相も変らぬ保守的な価値観を披露され、一気に現実に引き戻されてしまう――そんなことはよくある。だから本書を一読して私は思った。まさにこんな本を求めていた、と。収められた九編はどれも読者の価値観を揺さぶる。同性愛者や女性、難民、独裁政権に苦しめられた国の人々など、現に周縁化されている人々の視点に立って、本書は世界を別様にまなざし、極彩色に塗り替え、新たな可能性の地平へと読者を誘うのだ。オムニフィクションの続く刊行物も必ず読みたいと、そう思わせるに十分な一冊。

杉江松恋の一冊:ジェフ・ライマン 著/鯨井久志 編訳/中村融、古沢嘉通 訳『オムニセクシュアル ジェフ・ライマン傑作選』(国書刊行会)

 独自構想の叢書第一弾、題材を活かすための技巧が意欲的に盛り込まれているであろう作品集ということで身構えて読んだのだが、杞憂だった。生殖に関する通念を逆手にとった巻頭の「バース・ディズ」でまず心を摑まれる。プロットの捻りが効果的な一篇だ。この現実感のある物語運びと対照的なのが表題作で、生理的感覚の伴ったイメージの連続によって物語世界に一気に呑み込まれる。短いが強烈な印象を残す短篇だ。このほか社会を俯瞰する視座のものがあったり、犯罪小説風の語りであったり、と多彩。短編集として完成度が高いのである。

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「連載」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる