小栗上野介はなぜ「逆賊」として消されたのか? 研究者が語る、隠れた業績と再評価の機運
江戸幕府末期に行財政改革や横須賀製鉄所の創設に尽力し、日本の近代化の礎を築いた幕臣・小栗上野介忠順(1827〜1868年)。薩長主導の歴史観のなかで「逆賊」とされ、勝海舟の陰に隠れてきた彼の実像とはどのようなものだったのか。『小栗上野介 「逆賊」とされた開明派幕臣』(中公新書)を刊行した著者の塚越俊志に、史料から見えてきた小栗の業績や人間像、2027年大河ドラマの主人公として再評価が高まる背景について聞いた。
大河ドラマ『青天を衝け』と、地元・高崎に今も残る小栗の記憶
――小栗忠順(ただまさ)という人物は、なぜこれまであまり注目されてこなかったのでしょうか。
塚越俊志(以下、塚越):その理由のひとつとして考えられるのは、小栗が戊辰戦争で負けた側、つまり江戸幕府側の人間だったからでしょう。歴史というのは勝者の側から語られることが多く、実際歴史の教科書などを見ても、とりわけ明治維新以降はその傾向が強く、小栗のような旧幕臣たちは、ほとんど登場しません。もちろん、同じ旧幕臣でも、新政府と協調路線を取った勝海舟は、よく扱われているのですが、彼のライバルという見方をされることも多い小栗は、ほとんど言及されることがありません。
――そんな小栗が再評価されるようになったのは、いつ頃からなのでしょう?
塚越:2000年以降ぐらいからでしょうか。その頃から歴史学の中で、「負けた側」もしっかり見ていかないと、全体を捉えることができないのではないか、という流れが出てきたんです。その中で、旧幕臣である小栗が注目されるようになりました。
あと最近の話で言ったら、2021年の大河ドラマ『青天を衝け』(NHK)で、武田真治さんが小栗を演じましたよね。そのインパクトも大きかったようで、そこで初めて小栗の存在を知ったという人も、かなり多かったようです。
――たしかに、『青天を衝け』で武田さんが演じた小栗は、その最期も含めて印象的でした。ちなみに、塚越さん自身は、幼少期から小栗に興味を持っていたとのことですが。
塚越:私自身は北海道の出身なのですが、私の父親が小栗終焉の地である群馬県の高崎市・倉渕町の出身だったということもありまして。倉渕のほうでは、子どもの頃から小学校の授業などで、小栗のことを教わるようなんです。そういった話を、私は幼少期から父親や親戚からよく聞いていて。あと、父の実家の一部は高台にあるのですが、そこから小栗の菩提寺でもある東善寺が見えるんです。なので、小栗とゆかりの深い東善寺についても、いろいろと話を聞いていたのですが、話を聞けば聞くほど、小栗というのはすごい人だなと、子ども心に思うようになったんです。
――群馬県の高崎市あたりでは、今も語り継がれている偉人なんですね。
塚越:そうなんです。今でも高崎市では、毎年「小栗まつり」というのをやっていて、それぐらい愛されている人物なんです。にもかかわらず、学校の教科書にはまったく出てこないので、「これは、どういうことなんだろう?」と思って。そこから歴史に興味を持つようになり、小栗が活躍したのは江戸時代の終わりごろ、ペリーが来航して以降なので、まずはそのあたりのことを勉強しようと思い、大学の史学科に入って、幕末・維新史を勉強しました。
「近代化の土台」を築いた小栗の実像
――そうやって歴史を勉強していく中で、小栗に対する評価は変わっていきましたか?
塚越:子どもの頃は、漠然とすごい人だなというイメージでしたが、自分でいろいろと勉強を進めていくうちに、本当にすごい人だったんだなと、改めて実感しました。それこそ、日本の近代化は、明治以降に始まったようなイメージがありますが、その土台を築いたのは、小栗をはじめとする旧幕臣たちなんですよね。ただ、その土台の部分というのは、これまであまり語られることがなくて。それをちゃんと評価することは、非常に大事なのではないかと思うようになりました。
――塚越さん自身のご専門は、どのあたりの領域になるのでしょう?
塚越:私は、学部の卒業論文で、この本の中にも出てくる「ポサドニック号事件」(※1861年、ロシア帝国の軍艦が、長崎県の対馬に不法上陸し、占拠・滞留した事件)を扱いました。そのときは、小栗というよりも、当時の箱館奉行所の対応について主に研究していましたね。そのあと大学院に進んで、修士論文では幕末の使節団について、博士論文のでは横須賀製鉄所を扱いました。
――一貫して、小栗に関係したことを研究されてきたのですね。
塚越:そうなんです。もともと、史学科に進んだのも小栗に興味を持ったからですし、その後研究してきたのも、間接的ではあるものの、すべて小栗絡みだったので、いつかそれらをまとめたものを書いてみたいと、ずっと思っていたんです。ただ、なかなかそのタイミングもなく、小栗という人物自体、あまり知られていないところもありましたので。
――そんな中で、小栗が2027年のNHK大河ドラマ『逆賊の幕臣』の主人公になることが決定したんですね。
塚越:これはまたとない機会で、このタイミングで是非とも多くの方に、小栗のことを知っていただきたいと思い、今回新書という形で書かせていただくことになりました。
あともうひとつ、幕末維新系の研究者で、小栗について書いている人が、ほとんどいないんですよね。それもあって、その先駆けになればいいなという思いも含めて、今回書くことを決意した次第です。
――なぜ研究者が少ないのでしょうか。
塚越:簡単に言うと、小栗に関する史料が少ないからです。そのため、本を出すとしても、どれも似たり寄ったりな感じになってしまう。ただ、今回本書を書くにあたっては、そこは差別化したいという思いもあったので、これまでの本では使っていない史料なども、少し発掘しながら書いていったところがありました。そういう点では、これまで出された小栗本とは、少し違ったものになったのではないかと思っています。
具体的には、「万延遣米使節団」と「ポサドニック号事件」、それから「横須賀製鉄所」という3つの柱を考えました。これまで私が研究してきた内容の、自分なりの整理でもあります。
対馬事件の解決と横須賀製鉄所建設に見る、国際人としての眼光
――本書の中では、それぞれ「万延遣米使節団」「対馬事件における小栗の対応」「日本の近代化に向けた政策実行」にあたる部分ですが、この3つを選んだ理由について、簡単にご説明いただけますか。
塚越:1853年にペリーが来航して以降、幕府としてもいろいろ施策を打っていて、そのひとつが遣米使節団でした。西洋のものを積極的に取り入れようという姿勢になり、日本人が海外に行ったという意味でも、ひとつ大きな出来事だったんです。その中心的な人物の一人が小栗でした。
――遣米使節団に関しては、小栗が「監察」として乗船していた本艦「ポーハタン号」よりも、勝海舟や中浜万次郎、さらには福沢諭吉らが乗船していた随伴艦「咸臨丸」のほうが、一般的にはよく知られていますよね。
塚越:そうなんです。それこそ、以前の教科書などでは、咸臨丸のほうの写真が載っていたりしたのですが、咸臨丸はあくまでも随伴艦であって、本隊は小栗が乗船していたポーハタン号のほうなんです。そのあたりのことは、最近の教科書でも、いろいろと修正されてきているようです。
――2つ目の「対馬事件のおける小栗の対応」については、いかがですか?
塚越:対馬事件に関しては、当時の史料をいろいろと見ていった結果、やはり小栗が最終的に解決の糸口を見つけたと考えています。ロシア側には海軍ルートと外交ルートの両方があるので、その両方に対して、働きかけなければならないわけです。小栗が実際に現地の対馬に行って、ロシアの艦長と話した結果、それがわかった。こういったことからも、小栗の功績は非常に大きかったのかなと思います。
――そういった国際的なルールをわかっている人間が、当時は小栗以外にいなかったわけですね。
塚越:そうです。当時、小栗は幕府の外国奉行で、勝海舟などは「外国奉行は交渉しないとダメだろう」みたいなことを書いて、散々小栗を批判していたのですが、小栗はあくまでも「見廻」という名目で、対馬に派遣されていたんですよね。だから、それ以上のことはできないし、ロシア側と直接交渉する権利は与えられていなかったのですが、それを勝が勘違いしたまま批判している。
――とんだ風評被害ですね(笑)。3つ目の「日本の近代化に向けた政策実行」については、いかがですか?
塚越:横須賀製鉄所の建設に関しては、これまでも小栗と栗本鋤雲の2人が、その功績者であると言われてきたのですが、今回の本ではさらにもうひとり、柴田剛中という幕臣についても紹介しています。柴田が実際にフランスに渡って、フランス人の技師を呼んできたり、建設に必要な機械を購入したりしているんです。国内では小栗が活動して、その指示を受けた柴田が国外で活動していた。その連携関係がなかったら、横須賀製鉄所は完成していなかったと考えています。
――「横須賀製鉄所」という名前ですが、実際は造船所のようなものだったんですよね。
塚越:そうですね。一般的には、造船所というイメージが強いのですが、小栗が最初に考えていたのは、「造船」よりも、むしろ「修船」のほうだったようです。幕府としても、まずはそこに力を入れたかった。当時の日本には、大型船を修理できるような場所が、ほとんどなかったんです。なので、まずは船を作るよりも、自分たちで船が修理できるように動いていたようだということが、最近の史料などからわかってきました。
不器用で有能な「幕末の李牧」――大河ドラマが映し出す幕末の真実
――本書の執筆を通じて、改めて小栗とは、どんな人物だと感じましたか?
塚越:小栗は、一度これだと決めたら、とことん集中するタイプだと思うのですが、そうであるがゆえに、あまり他の人の話を聞かないようなところがあったようです。自分がやろうとしていることに協力してくれる人に対しては、すごく丁寧に対応するのですが、そうではない人たちに対しては、少し引いた目と言いますか、勝海舟をはじめ、どこか冷やかに見ていたようなところがあって。
――小栗は、外国奉行、勘定奉行、陸軍奉行並、軍艦奉行、海軍奉行並など要職を歴任していますが、いずれも短期間で役を解かれています。そういう意味では、なかなか難しいところがあった人なのかなと。
塚越:もちろん、能力的にいろいろな部署の仕事ができたので、小栗を入れたら間違いないというのは、幕府としてもあったのでしょうが、人間関係が上手くいかなくなるようなところも、たしかに少しあったようです。それで、役に就いたり解かれたりといったことを繰り返していたのだと思います。
これはあくまでも個人的な感想なのですが、そういう意味では『キングダム』(集英社)に出てくる趙の大将軍李牧に、少し似ているところがあるのかなと思いました。李牧も非常に有能な人物で、いろいろな場所で活躍するのですが、少し目立ち過ぎるところがあって、最終的には内部の人たちから排除されてしまうんです。彼の生涯と小栗の生涯は、少し似ているところがあるように思いました。
――本書を手に取った方々に、何をいちばん知ってもらいたいですか。
塚越:ひとつは、日本の近代化の道筋というものが、学校で習ったような明治維新からではなく、その前段階があったということです。そして、その中で注目すべきは、やはり小栗なのだと思います。あと、小栗と比較される同時代人と言うと、やはり勝海舟になると思うのですが、勝は生まれも育ちも性格も、小栗とは真逆と言ってもいいくらいの人なので、この2人を比較してみることで、改めてそれぞれの良さを知ることも、きっとできるのではないでしょうか。
それで思い出しましたが、個人的に『青天を衝け』が面白かったのは、勝海舟が一度も登場しないことだったんですよね。
――そう言えばそうですね。
塚越:名前は出てくるけど、勝本人は一度も登場しなかったんです。その代わりに、小栗が出てきた。そこがひとつ、あのドラマのポイントだったと思っています。あそこで勝を出さず、小栗を出すことによって、渋沢栄一との繋がりを描きながら、日本の近代化の道筋を描いていく。あと、それと関連して、個人的に注目しているのは、2027年だけではなく、2028年の大河ドラマです。
――たしかに、2027年の大河ドラマ『逆賊の幕臣』だけではなく、その次の大河ドラマ『ジョン万』も、幕末から始まる話ですよね。
塚越:そう、小栗とジョン万次郎って、ほぼ同世代なんですよね。そもそも、幕末が2回続くというのは、大河ドラマでも初のことだと思います。
この2人に共通しているのは、2人とも幕臣であり、なおかつ国際人であるということです。彼らのような国際人としての視点や立ち居振る舞いが、今の時代、求められているのではないでしょうか。日本の近代化というのは、新政府の中核を担った薩摩藩、長州藩の人たちが、ゼロから築き上げたものではなく、旧幕臣の人たちが、その土台を準備したものだということを、改めて振り返るような流れも生まれていますし、そういう意味でも今後の大河ドラマには非常に期待しています。
■書誌情報
『小栗上野介 「逆賊」とされた開明派幕臣』
著者:塚越俊志
価格:1,078円
発売日:2026年9月18日
出版社:中央公論新社
レーベル:中公新書