新鋭・真門浩平が目指す、日常を舞台としたミステリの人工美 『終着駅で待ち合わせ』インタビュー
『ぼくらは回収しない』で注目を集めた本格ミステリの新鋭・真門浩平が、2冊目の短編集『終着駅で待ち合わせ』(東京創元社)を刊行した。日常の些細な違和感から始まる謎解きから、陰謀論と家族小説の融合、話題作「夢落ち」まで、全5編に込められたこだわりとは。各編の発想の源泉から探偵役を固定しない理由、日常の延長にある本格ミステリへの情熱まで、作品の魅力を余すところなく語ってもらった。
青崎有吾作品からの刺激
――『終着駅で待ち合わせ』は『ぼくらは回収しない』(2024年)に続き、東京創元社より刊行された二冊目の短編集です。今回の短編集刊行はいつ頃から構想があったのでしょうか?
真門浩平(以下、真門):構想自体は前作『ぼくらは回収しない』の刊行直後からありました。『終着駅で待ち合わせ』の収録作5編のうち2編は雑誌媒体に掲載されたもので、残りの3篇は書き下ろしたものです。書き下ろし短編の初稿については、今から1年ちょっと前くらいには出来上がっていたと記憶しています。
――一編目の「各停十三駅分の帰り道」は所謂“日常の謎”タイプのミステリですね。謎解きの面白さはもちろん、登場人物二人の会話が楽しい小説でもありました。
真門:同編を書いたきっかけは「急行から各停にわざわざ乗り換えたのに、何故か急行が止まる駅で降りた人がいた」という状況を思いついたことです。目の前で起こっても見逃してしまいそうなくらい些細なことだけれど、よく考えてみると不思議、という塩梅の謎が新鮮なのではないかと考えました。そして、このような謎に気づく人はどういう人物だろう、というところから謎解きを担う人の設定を決めて、更に会話をしながら謎解きが進んでいくという物語にしようと思い至りました。提示する謎がまず決まって、そこから着想を広げていった感じですね。
――同編を書く上で影響を受けた“日常の謎”タイプの先行作品はありますか?
真門:青崎有吾さんの『早朝始発の殺風景』(2019年、集英社)です。この短編集の表題作は電車の中を舞台に登場人物二人の会話劇で進行していくお話になっていますが、「各停十三駅分の帰り道」を書くにあたって同作をかなり意識した部分はあります。青崎さんは私が中学生の時に『体育館の殺人』(2012年、東京創元社)でデビューされており、『図書館の殺人』(2016年、同)など〈裏染天馬〉シリーズを読んで青崎さんのファンになりました。“日常の謎”タイプの作品で言えば、米澤穂信さんの〈古典部〉シリーズや〈小市民〉シリーズも中学生の時に好きで読んでいたので、潜在的に影響を受けていると思います。
長年温めてきた「陰謀論」と「ミステリ」の融合
――続く「非運の死」は前作『ぼくらは回収しない』に収録されている「追想の家」と同じく家族小説の要素があるミステリですが、今回の作品は“陰謀論”が重要なテーマとして描かれているのが特徴です。
真門:陰謀論を題材にしたミステリを書きたいな、という思いは実はだいぶ以前からありまして、自分の中でずっと温めてきたテーマなんです。何か事件やショッキングな出来事があった時に「もしかしたら、こういう隠れた真実があるのではないか?」と考察を進める陰謀論的な思考は、ある部分で謎解きミステリに重なるところはあると思うんです。陰謀論と謎解き小説を上手く組み合わせることは出来ないかな、と色々考えながら書いたのが「非運の死」でした。謎に対して推理合戦をするというミステリの典型的な形式を用いつつ、そことは別のところに重点があるような作品を目指しました。
――“陰謀論”を扱ったミステリと聞くと、社会問題を扱った重厚な作品のイメージを抱く人もいるかもしれませんが、「非運の死」に関してはあくまで家族小説の範疇でテーマを扱っている点に好感を持ちました。
真門:陰謀論に傾倒する人はそこに救いを求めているという話があります。ミステリの推理にも似たような働きがあると考えたとき、はじめに思い描いたのは「推理の力によって誰かを救い出す」物語でした。なので自然と、社会の大状況を描くのではなく、一人称視点の語り手と身近で大切な人たちとの間で巻き起こる話になりました。話の範囲を広げすぎないことで、実感を持って書くことができたのかなと思います。
『天気の子』から着想を得た特殊設定と日常の謎
――三編目の「天森町は今日も雨」は『小説新潮』2025年6月号に掲載された作品です。こちらは「ずっと雨が降り続ける町」という不思議な舞台が登場する、一種の“特殊設定ミステリ”に位置づけられる作品だと思います。
真門:「天森町は今日も雨」の発想元は、新海誠監督のアニメ映画『天気の子』です。あの映画に出てくる「ずっと雨が降り続ける東京」という設定に「そこでの暮らしはどんなふうなのだろう」と想像が膨らみ、謎が生まれる舞台としての魅力を感じました。確かに“特殊設定ミステリ”と呼べる作品かもしれませんが、特殊な設定は舞台のみで、あとは現実の世界に限りなく近いものとして描きました。特殊な設定が1つだけ盛り込まれた物語世界で“日常の謎”を扱うというのが本作で掲げたコンセプトでして、あくまで日常に根差した作品を書きたいという思いがあったんです。
――ちなみに真門さんご自身がお好きな“特殊設定ミステリ”はありますか?
真門:最近で言うと白井智之さんの『エレファントヘッド』(2023年、KADOKAWA)ですね。特殊な設定が使われているから、という点だけではなくこだわり抜かれた論理と構成、奇抜なトリックに感銘を受けました。今村昌弘さんの『屍人荘の殺人』(2017年、東京創元社)も好きで、“特殊設定ミステリ”の醍醐味が詰まった、全てのミステリ好きにお勧めできるような作品だと思います。
最初に読んだ“特殊設定ミステリ”は山口雅也さんの『生ける屍の死』(1989年)ですね。この設定だからこそ成立し得るアイディアが使われていて、“特殊設定ミステリ”の源流として素晴らしいと今でも思っています。
自身の奇妙な実体験から生まれた話題作「夢落ち」
――「夢落ち」は『紙魚の手帖』2026年2月号に掲載された作品です。夢を題材にしたユニークなパズラー小説ですね。
真門:この作品は自分の実体験が着想の始まりになっています。ある時「いくら鼻をかんでも一向に鼻づまりが治らない」という夢を見たんですね。何でそんな変な夢を見たんだろう、と考えた時に、そのとき現実の自分の鼻が本当に詰まっていて、夢の中でいくら鼻をかんだところでそれが解消されなかったせいだと気づいたんです。一見支離滅裂な夢にも理屈を付けられる場合があるのが面白いなと思い、「そういう夢の不思議さを謎解きミステリに応用してみたら絶対に面白い話が出来上がるに違いない」ということで描いたのが「夢落ち」という作品です。
――「夢落ち」は他の収録作と比べると、最も正統的なフーダニットの骨格を外見上は持った作品になっていますね。
真門:そうですね。この作品についてはテーマが先行してあったわけではなく、謎解き小説として挑戦してみたい仕掛けや論理の面白さといった部分をとにかく重視しようと思って書いたんです。その意味では本格謎解きミステリをディープな形で描こうと思った光文社の『バイバイ、サンタクロース 麻坂家の双子探偵』(2023年)の方に作風は近いのかな、と自分でも感じています。
読者の日常の延長線上に描く本格ミステリの人工美
――最後に収められた「写真には写らない」は前作『ぼくらは回収しない』の収録作
「速水士郎を追いかけて」の続編的な作品になっています。
真門:「二冊目の短編集を出しましょう」という話になった時に、最初に書いたのが「写真には写らない」でした。書き終えてから、内容的にこれが短編集の最後の一編になるのでは、ということをぼんやりと考え始めていました。そこから短編集全体のトーンが決まっていったという感じでした。
本作には「速水士郎を追いかけて」に登場した速水士郎が探偵役として再び出てきます。実は当初、速水をシリーズキャラクターに配した連作集を書いてみようかという案もあったのですが、結局その方向では書かないことになりました。
――何故でしょうか?
真門:このキャラクターで書きたいものは書いたな、という思いがあったことが理由の1つ目です。もう一つは、一編ごとに書きたいテーマや謎解きのアイディアを変化させるとともに、なるべく一編に多く詰め込みたいと思うからです。シリーズキャラクターを使うとなると物語がキャラクターに寄り過ぎて、自分が書きたいと思ったアイディアを最適な形でアウトプットできない恐れもあるかなと考えています。だからこそ探偵役を固定化しない形で各編を書いたという経緯があります。
――いっぽうで『終着駅で待ち合わせ』は短編集として全体のカラーが統一されている印象も受けます。どの短編もそれぞれ趣向が違いながらも、日常性というキーワードが貫かれていると感じました。
真門:読者の現実や日常に近いところを舞台にしながらミステリの人工美を描きたい、という思いが強いんです。いち読者としては妖しい館やクローズドサークルが登場する謎解きミステリは大好きですし、作家としてもいつかはそのような作風に是非とも挑戦してみたいなという願望はずっと抱いています。ですが今のところは、本格ミステリとしての仕掛けや論理の面白さを、読者の日常の延長にある共感できるような物語の中で表現できたら良いなと思って書いています。
■書誌情報
『終着駅で待ち合わせ』
著者:真門浩平
価格:1,870円
発売日:2026年7月30日
レーベル:ミステリ・フロンティア
出版社:東京創元社