『アオのハコ』完結が示した、ジャンプ青春ラブコメの到達点 “お家芸”サンデーとの3つの違いとは?

 「週刊少年ジャンプ」で約5年にわたり連載された『アオのハコ』(三浦糀)が、7月13日発売号にて堂々の完結を迎えた。男子バドミントン部員の猪股大喜と、1学年上の女子バスケ部エースである鹿野千夏との恋愛と部活動を描いた本作は2024年のテレビアニメ化を機に、さらに幅広い層へと支持を広げた。

 これまでジャンプのラブコメといえば、『いちご100%』や『ニセコイ』に代表されるような、複数の魅力的なヒロインが主人公を奪い合うハーレムものや、突飛な初期設定から始まるドタバタ劇が主流を占めていた。さらに歴史を遡れば、超能力という設定をコメディのスパイスにした80年代の『きまぐれオレンジ☆ロード』や、90年代にビデオテープから飛び出した美少女との共同生活を描き、お色気と切ない恋愛を融合させた桂正和の『電影少女』など、キャッチーな“非日常性”を武器にするのがジャンプの伝統的な手法であった。過激なお色気要素や刺激的な展開は、読者アンケート至上主義のジャンプ連載において重要な要素となってきた歴史がある。

 しかし、『アオのハコ』はそうした従来の潮流とは一線を画し、過度なお色気を排した誠実な純愛路線を貫き通した。この作風は、あだち充、高橋留美子、畑健二郎の3巨頭を筆頭に、古くから「ラブコメのお家芸」として知られる「週刊少年サンデー」の伝統的な作品群を想起させる。しかし、本作とサンデー作品の間には、明確な“3つの違い”が存在する。

 まず、作中における「時間」の捉え方に大きな違いがある。サンデーの伝統的なラブコメは、高橋留美子作品や、近年の『古見さんは、コミュ症です。』のように、進展しそうで進展しないもどかしい関係性を長期間にわたって維持する傾向が強い。読者にとっては、その心地よい日常が変化せずに続いていくこと自体に大きな価値が見出される。これに対し、『アオのハコ』では作中で明確に時間が進む。「先輩の引退」や「卒業」というタイムリミットが常に背景に置かれており、キャラクターたちは立ち止まることが許されない。大喜と千夏が連載の折り返しを待たずに交際を開始するという決断を下したのも、時間の経過をリアルに描くジャンプならではのスピード感があるからだ。交際がスタートして終わりではなく、恋人同士になった2人がさらなる関係性を築いていく変化のダイナミズムがそこにはある。

 また、部活動という競技そのものの描き方にも違いがある。あだち充の『タッチ』などに代表されるサンデー作品において、スポーツは登場人物の魅力を引き立てるための「設定」であった。一方、『アオのハコ』におけるバドミントンやバスケットボールの描写は、本格的なスポーツ漫画と同等の熱量で描かれている。勝敗の行方や日々の鍛錬の積み重ねが、キャラクターの精神的な成長や恋愛の進展と直結しているからだ。恋心が部活動で頂点を目指すための原動力となり、コート上での勝負が物語に説得力を与える構成は、ジャンプの伝統である「努力」と「勝利」の哲学を恋愛漫画の中に落とし込んだものと言える。

 さらに、キャラクター同士の関係性と距離感の描き方も対照的だ。サンデーの多くの作品では、最初からお互いを特別視している幼馴染や、最初から両片思いの状態でスタートすることが多く、その関係性をいかに崩さずに維持するかに主眼が置かれる。これに対して『アオのハコ』は、体育館の朝練でしか言葉を交わす機会のない「手が届かない先輩」という遠い距離から物語が始まる。その後、一つ屋根の下での同居生活という劇的な環境の変化を経て、憧れの対象から親しい同居人へ、そして対等な恋人へと、関係性のグラデーションが細やかに変化していく。この変化の過程を丁寧に追いかける構成は、読者に新鮮な関係性を提示し続けた。

 サンデーが培ってきた純愛のフォーマットに、ジャンプが得意とする「切磋琢磨して道を切り拓くひたむきさ」と「等身大の繊細な心理描写」を掛け合わせ、独自の青春ラブコメを成立させた同作のアプローチは、今後の少年誌におけるラブコメに大きな指針を与えることになるだろう。

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