【連載】嵯峨景子のライト文芸新刊レビュー

『わたしの幸せな結婚』最新刊は新婚旅行で糖度高め? 「AI青春小説」など注目のライト文芸

 『少女小説を知るための100冊』や『少女小説とSF』などの著作で知られる書評家の嵯峨景子が、近作の中から今読むべき注目のライト文芸をピックアップしてご紹介する連載企画。今回は『数学ガール』著者による「AI青春小説」からメガヒット『わたしの幸せな結婚』シリーズ最新刊まで、5タイトルをセレクト。

滝沢志郎『咲良は上手に説明したい!』(PHP)

 お仕事小説の醍醐味といえば、自分が知らない職業の裏側にふれられる点が挙げられる。本作はテクニカルライターという仕事に光を当てた、類を見ないお仕事小説だ。

 バイト駅員として横浜駅で働く咲良は、台風で各路線が運休し混乱をきたした駅で途方に暮れていた。先輩の駅員がホワイトボードに書いた運休表示がわかりにくく、乗客対応に追われる咲良の前に、突如救世主が現れる。一人の女性がボードの内容を端的でわかりやすい説明に書き換えて、咲良のピンチを救ってくれたのだった。浅倉響と名乗る女性の職業はテクニカルライターで、精密機器などの取扱説明書を作る仕事をしているという。響の仕事に衝撃を受けた咲良は、憧れの女性と一緒に働きたいと老舗マニュアル制作会社FTCに入社するのだが――。

 本作の著者は本職のテクニカルライターで、この仕事の面白さと難しさの両方を解像度高く描き出す。作中に登場する文例のビフォーアフターも劇的で、小説を通じて読者も自然と分かりやすい書き方を学べるだろう。本書のラストを飾る「伝説のマニュアル」では、トイドローンのマニュアル制作をめぐりライバルと直接対決するエピソードがとりわけ素晴らしい。咲良と響のアイディア合戦には手に汗握り、感動が詰まった結末に胸を打たれた。

石田リンネ『焔琉王と戦巫女』(千夜文庫)

 シリーズ累計268万部を突破した『茉莉花官吏伝』で人気の作家が手掛ける、古代神話×和風バトルファンタジー。

 生と死を司る神々が争い、神から加護を与えられた人間が共に戦う世界。火の神・焔琉王(ほむるのおおきみ)を崇める村で生まれた楓は、弓の才能に恵まれた少女だった。楓は勇敢な戦士になりたいと憧れるが、戦士は男しかなれないため、巫女を目指して焔琉王を祀る神殿に巫女候補としてあがる。火を燃え上がらすのは得意だが、宥めることができない楓はなかなか巫女になれず、年齢のタイムリミットが迫りつつあった。ある日、神殿が敵の襲撃を受け、戦う焔琉王を助けるために楓は舞を舞って危機的な状況から勝利へと導いた。楓の思いがけない活躍と、焔琉王の楓への寵愛は、神殿に不穏の種を生んでしまい――。

 古代風の世界観や練り込まれた設定が魅力の本作は、ストーリーが難解すぎず、キャラクター造形もキャッチーで読みやすい。憧れと嫉妬が入り交じる巫女たちの関係性には、どこか学園小説に通じる要素があり、友情あり闇落ちありの展開は現代の人間模様に通じる生々しさが感じられた。火や戦いをモチーフにした物語には独特の熱さがあり、勇ましい武闘派ヒロインがみせる活躍や、内なる衝動に突き動かされた生き様は、大きなカタルシスをもたらすだろう。神と人の恋がたどる結末をぜひ見届けてほしい。

茅田砂胡『新装版 デルフィニア戦記 第Ⅰ部 放浪の戦士3 』(中公文庫)

 異世界から迷い込んだ謎の少女で、やたらと腕っぷしが強いリィ。デルフィニア前王の庶子という理由で王座を追われ、流浪の身となった王のウォル。二人の運命の出会いが、デルフィニア国の歴史を大きく変えていく――。

 1993年に第1巻が発売された『デルフィニア戦記』は、西洋ファンタジーの名作として長年愛されてきた小説である。そんなロングセラーが、中央公論社創業140周年企画として新装版で復活。人気イラストレーターの岩本ゼロゴがカバーを手掛けるなど、これまで作品に触れたことがない読者にも訴求する復刊は、往年の読者としても嬉しい企画だ。この新装版をきっかけに、無類の面白さを誇る英雄冒険譚の世界に足を踏み入れることを願っている。

 『放浪の戦士3』は、ウォルの養父の救出劇を中心に展開する。ウォルは仲間を増やし、国王軍の進撃は続くが、対抗する革命派は彼の養父・フェルナン伯爵を人質に取るという卑劣な手段に出た。ウォルたちは救出に向かうが、拷問されたフェルナン伯爵は瀕死の重傷を負っていた。養父の衝撃の告白と父子のふれあいは切なく、涙を誘わずにはいられない。さらなる火種を抱え込んだウォルと、彼に寄り添うリィの絆、そして苦境を打ち破る二人の活躍からこれからも目が離せない。

結城浩『AIと生きる 対話から始まる成長の物語』(SBクリエイティブ)

 大人気シリーズ『数学ガール』著者による、異色のAI青春小説。

 高校生二年生のテトラは、数学が得意な「先輩」に淡い恋心を抱いたり、進路に悩んだりするごく普通の女の子。テトラは日々の生活にAIを取り入れ、勉強の補助ツールとして、あるいは誰にも言えない気持ちを打ち明けるために、AIとさまざまな対話を重ねていた。憧れの先輩は、美人な才媛・ミルカと仲が良く、従妹のユーリも実の妹のようにかわいがっているため、テトラはなかなか距離を縮められない。そこで言葉が好きなテトラは、AIを使うだけでなく、中学時代から書き続けている日記帳「忘れな草」に日々の記録を綴り、ままならない恋心や揺れ動く思いに向き合おうとするのだった。

 私たちの生活に急速に浸透しつつあるAI。ChatGPTやGemini、ClaudeなどのAIを仕事やプライベートで活用している人も少なくないだろう。そんなAIを、具体例を多数交えながら面白くかつわかりやすく紹介した本作は、現代に生きる我々がいま必要とするテクニックを伝授してくれる。この小説を読めば、日常にすぐに取り入れられるAIのティップスだけでなく、その限界や問題点も学べるだろう。素直な感性と好奇心を持ち合わせたテトラの姿を通じて、AIに頼りきって自らの思考を手放すのではなく、悩みながら考えて自分の言葉を選び取る大切さが浮かび上がる。中高生はもちろん、大人まで幅広く楽しめる教養小説だ。

顎木あくみ『わたしの幸せな結婚 十』(富士見L文庫)

 コミカライズや実写映画、テレビアニメ化とメディアミックスも成功を収め、シリーズ累計1000万部を突破した大ヒット作の最新刊。

 異能の家系に生まれながら能力を持たない斎森美世(さいもりみよ)は、実家で虐げられて育ち、冷酷無慈悲と噂される軍人・久堂清霞(くどうきよか)と政略結婚させられた。不遇な少女と悪評が高い男は、共に暮らす中で互いの優しさに気づき、徐々に心を通わせていく。美世は愛されることで少しずつ変わり、秘められた異能の才能も花開いていくのであった。

 シリーズ第10巻では、新婚旅行も兼ねて出かけた旧都を舞台に進行する。夫婦となって二人の関係はますます甘さを増し、おしどり夫婦がみせる糖度たっぷりのじゃれあいや、美世に甘える清霞の姿なども見どころだ。美世はますますたくましさを増し、サバイバル的な状況でも力を発揮して、旦那さまを支えようとする様がなんとも頼もしい。美世の成長が詰まった後半の展開に、とりわけ心が熱くなった。

 他にも、清霞の片腕として働く部下・五道佳斗の秘められた過去と、清霞へのかつてのわだかまりなど、サブキャラたちのストーリーも掘り下げられていく。清霞たちを悩ませる土蜘蛛の謎に迫るエピソードなどもあり、今後の直接対決への期待が高まる。

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