「内村鑑三が令和に転生したらYouTubeを使うだろう」岡本亮輔と松谷信司が語る「キリスト教入門」

 中公新書より刊行された宗教学者・岡本亮輔による『キリスト教入門の系譜』。内村鑑三から遠藤周作、三浦綾子、さらには現代のオンライン教会まで、多くの日本人がなぜキリスト教の言葉を求め、読み続けてきたのか――。「読むキリスト教」という独自の角度から日本近現代史を捉え直した画期的な一冊だ。

 今回、著者である岡本と、キリスト新聞社の代表・松谷信司による対談が実現した。日本のクリスチャン人口が「1%」を超えないと言われるなか、サブカルチャーやSNSを駆使して「門の手前」にいる人々へ発信を続ける松谷は、本書をどう読み解いたのか。知的な「理論の崖」を越えるためのメディア戦略から、令和の「にわか」ファン論まで、日本のキリスト教をめぐる過去と未来が語られた。「1%」の外側にいる99%のためのキリスト教入門論!

教会に行かない人の方が多い。では、キリスト教はどこで読まれてきた?

岡本亮輔『キリスト教入門の系譜 内村鑑三、遠藤周作から渡辺和子、オンライン教会まで』(中公新書)

ーーまず岡本さんに、本書を書かれた経緯について聞かせてください。

岡本亮輔(以下、岡本):私はもともとフランスのカトリックを中心に、ヨーロッパのキリスト教を研究してきました。欧州はキリスト教国というイメージが強いですが、実は日曜の礼拝出席者は非常に少なく、実態は日本とそこまで大きな差がありません。だからこそ、教会の外で起きているキリスト教を追いかけてきました。ヨーロッパの場合、「聖地巡礼」のように、教会の組織の外側で宗教的な現象が広く展開されています。今回の『キリスト教入門の系譜』では、その視点を日本のキリスト教に向けました。

 日本の場合も、教会の門をくぐった先にいる人より、その手前にいる関心層の方が圧倒的に多いという現実があります。そして驚くべきことに、日本にはフランスにも負けないほど膨大な量の「キリスト教入門書」が歴史的に存在します。ずば抜けた知性たちが、時代ごとに多様な立場から発信し続けてきた。この「読むキリスト教」という教会の外にある宗教現象を系譜として整理したのが本書です。

ーーそして、その系譜の現代におけるトップランナーとして、本書で松谷さんをご紹介されているのですね。

松谷信司(以下、松谷):ありがとうございます。私はいま、その系譜にも登場する賀川豊彦が立ち上げた「キリスト新聞社」で編集長を務めています。テレビ報道や教員を経てこの世界に入りましたが、最近は紙面づくりだけでなく、YouTubeやサブカルチャーの文脈からキリスト教に親しんでもらうためのコンテンツ開発を試行錯誤しています。

ーー松谷さんは本書を読まれていかがでしたか。

松谷:実際に教会の中にいると、自分たちの立ち位置を客観的に評価するのは非常に難しいものです。戦後ずっと「1%未満」という数字に悩み、マイノリティであることへの後ろめたさや、認知されないことへの自己肯定感の低さを抱えたまま、高齢化という現実に直面してきました。しかし今回、近代日本のキリスト教入門の歴史を俯瞰させていただき、知的水準の高い人たちが日本の歴史の中枢に深く関わってきた流れを客観的に見せられたことで、「自分たちがやってきたことは捨てたもんじゃない」と大きな励ましをいただきました。

岡本:現場で奮闘されている方々も、間違いなく内村鑑三や賀川豊彦らが苦労して築いてきた系譜の延長線上にいらっしゃいますからね。

松谷:ええ。特に弊社のような歴史ある組織にいると、断片的な知識が「人のつながりの流れ」として整理されたことで、自らの役割がより鮮明に見えてきました。私たち現役のクリスチャンにとっても、本書は極めて重要な指針になると感じています。

10秒でスワイプされる世界で「令和の賀川豊彦」が挑む

ーーなぜ日本にはこれほどキリスト教入門書が溢れているのでしょうか。

岡本:やはり日本にとってキリスト教が明治以降に入ってきた新しい宗教であり、かつ書物を中心とした宗教だったからでしょう。一般の信者であってもギリシア語を勉強する人がいるほど、知的なハードルが極めて高い状態で入ってきた。私が教える北海道大学でも、ギリシア語やラテン語を履修する学生は多くありません。

 しかし、そのハードルを越えるには、各時代に「橋渡し」をするインフルエンサーが不可欠です。難解な思想をそのまま提示しても、なかなか取り組む勇気は出ません。その時代の言葉で「聖書にはこんなに面白いことが書いてある」と翻訳する人がいて初めて、関心は維持されます。松谷さんの活動は、まさにその現代における実践ですよね。

松谷:私はこれまでアナログゲームやアプリ、最近ではYouTubeのショート動画などで発信を続けてきましたが、これらはすべて「子ども時代にこういう楽しみ方があればよかったのに」という私自身の飢えが原点にあります。真面目な神学書や注釈書だけでは、今の若い世代はとてもついていけません。教会に用意されている教材が、昔ながらの紙芝居や人形劇だけに限られるのは、あまりに貧しすぎるのではないかと感じてきました。

岡本:私は松谷さんの取り組みを拝見しながら、賀川豊彦の系譜に連なるものを感じていました。SNSでこれほど熱心に「教会の外」へ向けて発信している人は他にいません。内側からの「神聖な教えをゲームにするな」といった反発も覚悟の上で、キリスト新聞という内輪向けメディアを維持する安住の道を選ばず、外へ向かう姿勢には敬意を表します。

松谷:もちろん、敬虔なクリスチャンの中にはエンタメ化に強い抵抗を感じる方もいます。「信じるつもりはないが知りたいという求めに応じたくない」という心理や、毎週日曜に通う人だけをクリスチャンと認め、それ以外を排除する傾向が一部にあるのは事実です。しかし、その姿勢こそが認知を妨げているのではないか。内村鑑三の時代から続く「伝えたいのに伝わらない」という葛藤の果てに自信を失ってしまうのは、本末転倒だと思うのです。

 私自身、福島の田舎で周囲に信者が一人もいない環境で育ち、強いマイノリティ感を抱えてきました。しかし、実際にはミッションスクールなどで礼拝を守り、聖書に触れる経験をしている日本人は相当数います。信者になる・ならないという判断の前に、キリスト教を面白がる可能性をもっと肯定していいはずです。

岡本:そう思います。日本のキリスト教主義学校のブランド力は凄まじく、親も子も喜んでそこへ通います。この巨大な「シンパ層」を無視して「1%未満」という数字だけを見ていても、日本の宗教事情の本質は見えてきません。

“正しいから伝わる”は幻想? 教会に求められるマーケティングの視点

ーー本書に登場する人たちには、キリスト教を広めねばという「使命感」のようなものを感じます。

松谷:自分の活動を振り返ると、実は使命感というより、純粋なマーケティング感覚に近いところがあります。1%未満の、しかも高齢化が進むマーケットだけを見ていては、ビジネスとして行き詰まるのは20年前から分かっていました。信者ではないけれど聖書に興味がある層に向けて、業界がこれまで売れるコンテンツを作ってこなかったこと自体が不自然なんです。外部の出版社ができることを、なぜ内部の人間がやらないのか。これは至極真っ当な企業努力だと思っています。

岡本:非常に合理的な判断ですね。その視点から見て、現在の教派間の壁や、組織としての変化についてはどう感じておられますか。

松谷:30〜40年前よりは、SNSの影響で他教派の情報に触れる機会は劇的に増えました。ただ、教会の現場レベルでは、依然として「自分のコミュニティを維持すること」に精一杯なのが実情です。極端な話、隣の教会よりも、自分が死ぬまで葬儀をあげてくれる場所として教会が存続するかに関心が集中している。こうした内向きな姿勢は、宣教のモチベーションを「組織維持のためのメンバーシップ確保」という矮小なものに変えてしまっています。本書で紹介されているような、戦後の荒廃した日本でキリスト教を広めようとした先人たちのスケール感とは、残念ながら乖離が生じています。

岡本:教会のウェブサイトなどが「届くデザインになっていない」という松谷さんの指摘も、その内向きな姿勢の表れでしょうか。

松谷:そうですね。これは政治のリベラル層の脆弱さと似ていて、「正しいことをしているのだから、若者も分かってくれるはずだ」という甘えがある。教会側が「正しい教えを授けてやろう」という上からの姿勢でいる限り、共感は得られません。今の時代、見栄えを整え、伝わる言葉を使う工夫はコストをかけずにいくらでもできるはずです。

岡本:イメージの問題も大きいですね。カトリックの田中昇神父も指摘していますが、日本のキリスト教は「左派的な社会運動」のイメージが強く、それが若者にとっての障壁になっている面があります。現代の若者の保守化と教会のカルチャーとのズレは、今後さらに深刻な問題になる気がしていますが、松谷さんはこの辺りいかがですか?

松谷:本書の隠れたテーマはまさにそこにあると思っていて、国家と個人の信仰をどう両立させるかということです。これは戦後日本において、キリスト教とマルクス主義の間でどう共存するか、あるいはどう対峙するかという問いでもありました。価値観が大きく転換するなかで、ある人は教会へ、ある人はマルクス主義へと向かい、その間で迷い葛藤する人もいた。私自身もその一人です。

 個人や弱者を重んじる姿勢はリベラル思想と親和性がありますが、最近では日本のキリスト教にシオニズムが浸透してきたり、参政党を支持する牧師もいたり、多様な立場が存在するわけですよ。だからこそ「これこそ正しいキリスト教だ」とは簡単に言えません。ただし、「信仰的良心に基づいてこの選択をしている」と自らの言葉で説明できることは重要です。伝統や教義だけに依拠すると、個人が埋没し、立場も脆弱になります。

 私自身は日本のキリスト教はアメリカとはルーツが異なると考え、信条的にもリベラル寄りで「左派的な社会運動」も不可欠という立場ですが、それでも伝え方や方法のアップデートは必要だと感じています。

岡本:これからは、発信するコンテンツの中身を各教会がより深く考えないと、人々の心には刺さらなくなるでしょうね。最近はAI牧師による説教原稿なども登場しており、技術的には十分通用するレベルにあります。 そうなると最後に何が残るかといえば、やはり「人間ではないと言えないこと」や、個々の信者への血の通ったケアではないでしょうか。最終的には牧師の「人間力」というか、「この人の言葉なら聞いてみよう」と思わせる属人的な魅力に、価値が凝縮されていくのだと思います。

アテンション・エコノミーの葛藤と、令和の「にわか」戦略

ーー松谷さんはインターネットでのご活動で感じる課題はありますか。

松谷:情報発信の難しさについては、常に葛藤があります。アテンション・エコノミー(注目が換金される仕組み)の中では短く断言する言葉が拡散されますが、キリスト教、特にプロテスタントの本質は、簡単に単純化できない「モヤモヤした模索」の中にあります。正確さを期せば文章は長くなり、長ければ読まれない。「正しさと面白さ」をいかに両立させるかは、針の穴を通すような作業です。

岡本:内村鑑三が『聖書之研究』という月刊誌を自ら発行していたのも、当時の最先端メディアをハックした結果でした。彼が令和に転生すれば、間違いなくYouTubeを戦略的に使っているはずです。かつての書籍や新聞には、印刷・流通という手間が情報の「選別機能」として働いていましたが、今はそれがありません。10秒でスワイプされる世界で、キリスト教が持つ「理論の崖」を届けるのは、確かに気の遠くなるような挑戦です。

松谷:だからこそ、岡本さんの書かれた新書のように、入り口の部分のハードルを下げる仕事が尊いのだと思います。そこから興味を持った人が、内村の全集や重厚な神学書へとステップアップしていけばいい。SNSやYouTubeは、その「最初の一歩」を担うための勝手口であるべきなんです。

ーー日本人がキリスト教に触れることの価値と、日本のキリスト教の課題についてお聞かせください。

岡本:本書でも紹介していますが、私は軽井沢の「石の教会」のような結婚式専用チャペルの存在を肯定的に捉えています。教界からは「商業的なライフスタイル」と軽視されがちですが、日本人の半数以上がキリスト教式を選んでいる事実は重い。神の前で愛を誓うことに、多くの日本人は違和感なく入り込める。ここには広大な裾野があります。内村鑑三の時代のように、東大を出て偏屈な師匠の門を叩くという超エリート主義的な出会い方だけでなく、いまや街中のチャペルや、松谷さんが実写版の映画で宗教監修をされた『聖☆おにいさん』のような漫画からも、キリスト教的なものへの接点は豊かに広がっています。

松谷:そこで課題になるのが、教会の「ガチ勢」による「にわか」への厳しさです。チャペル挙式を敵視したり、漫画を叩いたりする姿勢は、自らの首を絞めることになりかねません。どんなファンダムも最初は「にわか」から始まる。課題のために訪ねてくるミッションスクールの生徒も、クリスマスのデートで訪れるカップルも、まずは快く迎える度量が、今の教会には必要です。

岡本:同感です。キリスト教には「回心(コンバージョン)」という、人生が180度変わるような劇的なドラマという強力な資源があります。病や喪失といったショッキングな出来事を経て神と向き合う「個の変容」の物語は、日本人の心にも深く響くはずです。

松谷:クリスチャンではない人が本書を読んだ時、そうしたドラマチックな先人たちの姿をどう受け止めるのか、非常に興味がありますね。

岡本:ぜひ、先人たちの「人間性」に注目してほしいです。日本でキリスト教を広めるという、控えめに言って「超ハードモードな無理ゲー」に、ずば抜けて能力の高い天才・秀才が人生を投げ打って挑んできた。結果が出にくい場所で全力を尽くす彼らの突き抜けた人間力や、生き様の面白さは、信者でない方の心にも必ず刺さると確信しています。

松谷:私は本当はもっとゆるくいきたいのですが、先人たちの系譜を思うと、このハードモードな道もまた、一つの逃れられない道なのかもしれませんね(笑)。

■YouTube「東方の3おじさん」チャンネル

東方の3おじさん第56回「著者登場!!『キリスト教入門の系譜』」
第57回「クリスチャン少なく数えすぎてた問題」

■関連情報
教会の外から始めるキリスト教の楽しみ方――入門書と日本人の近現代
出演者 :岡本亮輔、「東方の3おじさん」(清涼院流水 × 松谷信司 × MARO)
日時  :2026年3月20日(金・祝)14:00~16:00(14:00開場)
会場  : 八王子市生涯学習センター 視聴覚室
参加費 :無料
主催  :くまざわ書店八王子店
詳細  :https://www.kumabook.com/event/153871/
申し込み:https://forms.gle/TYh173whJwqWhGcD6

■書誌情報
『キリスト教入門の系譜 内村鑑三、遠藤周作から渡辺和子、オンライン教会まで』
著者:岡本亮輔
価格:1,155円
発売日:2026年1月22日
出版社:中央公論新社
レーベル:中公新書

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