科学的に「子どもの幸せ」につながる読書とは? 認知科学者・猪原敬介が「本は読みすぎでもダメ」と指摘するワケ

猪原敬介『科学的根拠(エビデンス)が教える子どもの「すごい読書」』(日経BP)

 教育心理学・認知科学者である猪原敬介の新刊『科学的根拠(エビデンス)が教える子どもの「すごい読書」』(日経BP)が増刷を重ねている。

 動画やAIが普及するなかで、子どもの教育にとって読書が無条件に「よいもの」とされる時代は終わった――。猪原はその認識を読者と共有しつつも、読書には「それでもやる価値がある」ことを多くの科学的根拠=エビデンスが示していると本書で紹介する。学力・知能・思考力・思いやり・知的好奇心・コミュニケーション力といった広い範囲で、読書にはプラスの効果があるというのである。

 また、本書は「どうすれば読書によるプラス効果をより大きくできるか」を示す実践の書でもある。たとえば、「読めば読むほどよい」のではなく「1日30分ほどの読書を無理なく続ける」ほうがかえって効果が大きいという驚きのエビデンスも猪原は紹介する。

 この本に込められた思いと知見とは。著者本人に聞いた。

「読書には教育的効果がある」のエビデンスってなに?

――猪原さんは教育心理学や認知科学を専門とする研究者で、研究テーマは「読書の効果」です。専門やテーマを選んだきっかけはなんですか?

猪原敬介:もともと、「人間が意味を扱うこと」に興味がありました。人間は言葉で会話して意味を伝え合っています。その能力がいったいどうやって発生するのかを、思考実験や概念でごまかすのではないかたちで知りたかった。当時学生だったぼくが調べたかぎりでは、認知心理学が一番それに近いことをやっていたので、その道に進みました。複雑な心の動きがどうやって生まれているかを個々の要素に分解して分析し、ときにはコンピューターシミュレーションも取り入れてそれをやるイメージですね。

 研究テーマに「読書」が入ってきたのは、当時の技術的な限界も関係しています。すくなくともぼくが大学院生だった2012年ごろまでの時期は、いまのように機械が音声を認識して自動で字幕にする技術は一般的ではありませんでした。他方で、新聞のテキストをすべてデータにしたコーパスがちょうど出はじめてきていた。後者であれば自分でも分析できるということで、会話ではなく読書が言葉の能力につながるプロセスを分析することにしました。

 そして、分析を続けていくなかで、「読書にはどんな教育的な効果があるのか」を研究することに社会的なニーズがあることにも気づきはじめました。くわえて、2011年の東日本大震災をきっかけに、「研究が世の中に対してなにができるか」を強く意識するようにもなりました。そんな経緯で、いまでは言語や意味について分析する基礎研究と読書の効果を分析する応用研究の二本立てで研究生活をしています。

――新刊は、読書のなかでも「子どもにとっての読書」に焦点を絞って書かれています。執筆のきっかけはなんだったのでしょう。

猪原:ひとつには、前著『読書効果の科学』(京都大学出版会)の延長線上でより一般読者に届くものを書きたいという思いがありました。前著は、英語論文の世界に閉じられていた「読書には教育的に優れた効果がある」という知見を日本の読者に紹介しようと書いた本で、実際に良いものが書けたと思います。ただ、学術書なので、対象読者を「アカデミックな知見に興味があるひと」に絞ってしまった部分がある。それをもっと外側にまで届けたいと。

 もうひとつには、今年で4歳になる娘の存在があります。子育てをしているとやはり大変だと思うこともあって、同じように過ごしている保護者の方の役に立てるものが書けたらと思いました。

――タイトルや本文では「科学的根拠=エビデンス」という言葉が押し出されていますが、そのエビデンスはどのようにして得られるものなのでしょうか。

猪原:実験と調査の二本立てです。実験では、たとえば実在しない言葉を散りばめた文章を作って参加者に前情報なしで読んでもらい、あとで「文中にこういう言葉が出てきましたが、その意味はなんだと思いますか?」と尋ねたりします。文章を正しく読めていれば、実在しない言葉でも文脈から意味を推測して答えることができるわけです。また、そのときに眼球運動を同時に測り、知らない言葉が出たときにそれをどう見ているかを見て、眼球の動きと学習成績との関係を分析したりもします。そういった実験を重ねて、読書がどのように言葉の学習につながったのかを観察する。

 ただ、実験だと扱える人数も制限されるし、環境も特殊にならざるを得ないので、より一般的な読書と言葉の力の関係を見るには調査のほうが向いています。調査にもいろいろありますが、わかりやすいのは、たとえばあるグループで追跡調査を行って過去の読書量と未来の語彙力のあいだに相関関係があるかを見るといったものですね。ぼくも共同研究者と一緒に小学校での調査をやっています。ただしそれでも規模は限定されるので、国や自治体レベルの大規模追跡調査のデータを二次分析することもよくやります。今回の本では、アメリカ最大の追跡調査で、「楽しみのための読書を小さいころに長く行っていると、脳の体積が増えて、結果として知能が高まった」という結果が出たことも紹介しました。

――本では、その結果に対する反論として、「読書期間が長い家は裕福な家で、読書以外の家庭教育が優れていたから、知能が高まったのではないか?」と言われてしまう可能性も指摘していました。ただ、その反論に対しては、「家庭環境が知能に及ぼす影響を統計的に推計してその影響を打ち消した調査になっているので問題ない」とのことでした。「統計的に統制」された調査という言葉でも説明されていましたが、具体的にはどうやってそれが可能になるのでしょうか?

猪原:専門的な話にはなりますが、できるだけ噛み砕いて説明してみますね。

 挙げてもらった反論は、知能をわかりやすく語彙力に置き換えると「調査の結果を見ると読書量と語彙力のあいだに正の相関があったが、背後に第三変数として社会経済的地位(Social Economic Status=SES)があるかもしれない」というものです。その場合、まず読書量とSESのあいだの関係を調べます。次に、語彙力とSESのあいだの関係を調べます。そして、それぞれに統計学的な操作を施すことで、ざっくり言うと「SESの影響をなるべく排除した読書量」と「SESの影響をなるべく排除した語彙力」の値を出します(専門的には「SESで回帰した残差読書量」と「SESで回帰した残差語彙力」です)。その新しく出した読書量と語彙力のあいだに正の相関があれば、「家が裕福であるかどうかにかかわらず、読書量が多いほど語彙力が大きい傾向がある」と言えるわけです。

 さきほど例に出したアメリカの調査ではSESだけでなく年齢や性別なども「統計的に統制」されていますし、ほかに紹介している研究もできる限り統計的な統制をきちんとかけているものを取り上げています。

「子どもにとっての幸せ」を第一に置く読書論

――この本は、前半で「読書にどんなプラス効果があるか」を紹介し、後半では具体的に「効果的な読書の実践ガイド」をエビデンスを踏まえて提案する構成になっています。子ども用の本棚や家での本のディスプレイをどうするかなどの実践的なアドバイスがいくつも紹介されるとともに、大きな方針としては「子どもに多くの『一生ものの本』と出合ってほしい」という気持ちだけを根幹に据えることが提案されていたのが印象的でした。

猪原:エビデンスが示すように、子どもにとって読書がプラスの効果を持つことはたしかです。でも、実際のところ子どもが読書習慣をもってくれるかは確率の問題で、一度本を勧めただけで読書にはまる子もいると思いますが、5年や6年の粘り強いアプローチがあって本好きになる子もいるかもしれない。つまり、子どもが読書習慣をつくるためには、保護者が長期的にアプローチをかける姿勢を持つことが大事だと思うんです。そして、長期的な姿勢を保つためには、子ども本人にとっても保護者にとってもストレスのない方法や考え方でいることが大切です。

 そもそも、親の根本にあるのは「子どもに将来幸福になってほしい」という思いのはずです。なので、読書についても、子どもの幸せに向かっていることを疑わずにすむ指針を提案することが重要だと考えました。それをわかりやすく示したのが「子どもに多くの『一生ものの本』と出合ってほしい」という目標なんです。これは一見理想論に思えるかもしれませんが、現実的な指針だと思っています。会社も結局はホワイト経営でないと長続きしないといった話に近いですね。

――現実路線という点では、本書に出てきた「なにがなんでも読書、は捨てる」というフレーズも印象的でした。読書にプラスの効果があるのは間違いないが、とはいえ必ずしも読書に固執する必要はないと。

猪原:生まれつき文字を読むことに困難を伴うディスレクシア(発達性読み書き障害)の子どももいるわけですからね。そういう診断がついたのであれば、必要な情報や知識はストレスなく耳から入れていこうと切り替えるのも大切です。

 診断がつく場合を除いても、情報を得る際に視覚優位なのか聴覚優位なのかという違いはそれぞれ個人の特性としてあります。もちろん本書で示したように読書には教育的にプラスの効果がありますし、聴覚優位だとしても本や文字から素早く情報を得るスキルは身につけたほうがいいとも思います。でも、他方で個人の特性や家庭環境に応じて使うメディアの割合は調整していけばいいとも思っています。

――読書に対して「ライトノベルやマンガやアニメや映画の効果はどうなのか」とよく質問されるという話も本では書かれていました。

猪原:はい、そういうときは文字の本かマンガかという「分類」は本質ではないという話をするようにしています。そもそも、読書と他のメディアのあいだに対立関係があるかように語ること自体に疑問を覚えます。どんな内容かにもよりますが、日本のマンガは基本的にプラスの効果が出ているものが多いですし、アニメや動画も教育的な内容が含まれていればプラスがあると言われています。

 自然な流れを考えても、子どもはアニメを好きになることが多いですし、そのうちマンガを読みはじめて、そこから児童書やだんだん大人用の本にも手を出しはじめる。保護者から見たとき、仮に「大人用の本を読むようになってくれることが一番望ましい」とするスタンスでいたとしても、そこまでの階段構造のなかにあるものとしてマンガやアニメを捉えればいいのではないかと。それに、「本が偉くてマンガはダメ」と子どもに押しつけると、本のほうは悪者になってしまって逆に読まれなくなってしまったりしますしね。

――他方で、SNSでたまに見る教育関係者の言説として、「成績がいい子はマンガをよく読んでいて、悪い子はショート動画ばかり見ている」といったものがありますが、それについてはどう思いますか。

猪原:そちらの問題もありますね。いま言ったことと矛盾するようですが、すくなくとも低年齢の子どもはスマホやショート動画からできる限り離したほうがいいのではないかと思います。まだ確定的なことは言えないのですが、近年出てくるエビデンスを見ると、スマホやショート動画についてはネガティブな効果があまりにもはっきりと出ているものが多い。

 また、保護者のほうもスマホとの付き合い方は考えたほうがいい。とくに「保護者が子どものまえでどれぐらいスマホを取り出して見るか」の指標は、たとえば読み聞かせの質の低さなどにつながっていて、子どもの成長にネガティブな影響を与える可能性が高いと言えそうです。

――保護者が気をつけなければいけないこととして、本書には「本は読みすぎでもダメ」という論点もあって驚きました。

猪原:本のなかでは話をわかりやすくするために「読書は30分程度までの短時間に抑えておくのが、一番お得」という書き方をしました。ただ、これは子どもの年齢によっても変わります。実際のデータでも、たとえば中学3年生は明確に読書を30分くらいまでにしておいたほうが「学力への効果」としてはいいですが、小学生であれば1時間くらいまでは効果が上昇します。そこには部活を含む生活スケジュールなど様々な要素が絡んできます。なので、結局は個々の家庭や子どもの状況によって自然に柔軟に調整していくのがいい。

 ただいずれにせよ、親が「この本を読みなさい」と強く介入するのはあまりよくないです。まず親の選んだ本が子どもにとって良いものかもわからないし、本人の主体性を奪うという意味でもよろしくない。やはり、子どもがいい本に出合える環境を作れているかどうかをひとつの基準とするのがわかりやすいはずです。「最近子どもとあまり本の話をしてないな」と気づくことがあればいっしょに本屋に行ってみるのも良いし、逆に子どもがなにかから逃避するようにおなじ本ばかりずっと読んで他のことをしないのであれば、習い事や遊びに目を向けさせてもいいのかもしれない。

――やはり子どもにとっての幸せとはなにかということですね。最後にAIのことについても伺えればと思います。いまAIが本を要約してくれる時代に入りつつあって、小さいお子さんがいらっしゃる方には「これからの時代に本を読むことに意味はあるのか」と疑問を抱く方もいると思います。猪原さん自身も小さなお子さんがいらっしゃるという話もありましたが、これからの時代に読書することの意味はどこにあると思いますか。

猪原:AIに本を要約してもらえること自体はいいことだと思います。もちろん要約で内容を把握するのはコスパがいい。それに、中身を読む場合も先に要約を読んでいたほうが理解度が高くなるという、心理学で言う「先行オーガナイザー」としての役割を果たしてくれることもあります。もちろん中身を読めば要約にある以上の情報が書かれているわけですから、うまく組み合わせることが大事かなと。

 ただ他方で、たとえば物語の読書であれば、行為の目的自体が読書体験のほうにあることも多い。それを読んでいるあいだになにをどう感じたかを楽しむ読書ですね。やはりそちらは「要約で物事を情報処理する」という姿勢とは相性が悪いはずです。

 いずれにせよ、様々なケースを含めて個々が「本にどう向き合っていくか」を意識的に調整しなければならない時代にはなっています。心理学には「自己調整学習」という言葉もあって、なにかを学ぶときに自分で何を、どういう順番で、どうやる気を出して学んでいくかをうまく調整するのが理想の学習者だ、という考えにつながっているのですが、本を読むことについても同じだと思います。AIができたぶん、そういうメタな部分にエネルギーを割く必要ができたという意味では大変かもしれません。でも、それも含めて読む力があるひとにとってはこれまでよりもっと知識と経験を獲得できる時代になったのではないでしょうか。

■書誌情報
『科学的根拠(エビデンス)が教える子どもの「すごい読書」』
著者:猪原敬介
価格:1,980円
発売日:2026年1月8日
出版社:日経BP

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