32歳・漫画編集者、大手出版社から転職したワケは? 『チ。』『日本三國』担当編集が求めた「ヒリつき」

 「なんで転職することにしたんですか?」

 小学館の「ビッグコミックスピリッツ」や「マンガワン」で編集者を務めてきた千代田修平氏(32)に問いかけたのは、小学館時代からの知り合いだという撮影ディレクター。東大卒、大手出版社勤務というエリート街道を歩んできた千代田氏は、なぜ安定したキャリアを捨て、電子書籍サイト「めちゃコミック」を運営する株式会社アムタスへの転職を決意したのか。YouTubeに投稿された「【東大漫画編集者】転職そして新編集部旗揚げ!32歳の決断…なぜ? #11」で語られたその理由はシンプルで、漫画編集に打ち込む千代田氏の核となる思いが垣間見えるものだった。

「【東大漫画編集者】転職そして新編集部旗揚げ!32歳の決断…なぜ? #11」YouTubeより

 「小学館はめっちゃ良い会社で、やりがいもあった」と語る千代田氏は、転職を決めるまでには3〜4ヶ月ほど悩んだという。悩んだ末に出した結論の根幹にあるのは「面白そうだから」。そして「ヒリつきたいから」という2つの渇望だった。

 千代田氏が語る「ヒリつき」とは、成長に不可欠な外圧のことを指す。小学館でのキャリアを重ねるにつれ、環境はどんどん居心地の良いものになっていった。しかし居心地の良さは千代田氏に「このままやっていける、良い感じの人生が想像できてしまった」という、一種の焦燥感をもたらした。心地よい環境は、同時に成長を妨げる「居心地が悪い」場所にもなり得ると千代田氏は言う。

 千代田氏の人生で最も楽しかった瞬間は、常に強い外圧の中にあった。受験、大学時代の演劇活動、そして小学館に入社しスピリッツ編集部に配属された1年目。先輩から浴びせられる強烈なプレッシャーの中、「やらなきゃ死ぬな」「今かかっている外圧を跳ね返す、ぶっ飛ばすぞ」と感じる瞬間にこそ、千代田氏は最も頑張ることができ、かつそこに楽しさを見い出していたと言う。

 「頑張っているときはつらいけど楽しい」。居心地の良い環境で過ごす日常の中で、外圧を感じながら励む感覚が薄れていくことに千代田氏は危機感を覚えたのだ。

 転職する旨を小学館の上司に告げた際には「お前が築いてきた信頼や関係は、お前が思っているより大事なことだ」「30代は築いてきた信頼や関係をつかって(仕事を)やっていく」といった熱心な引き止めもあったという。上司の言葉の重みを理解しつつも、千代田氏は未知の環境に身を投じることを選んだ。その決断について「お金」を例に挙げて説明した。

「(今まで)稼いだお金を捨てることはもったいない。けれど僕は(小学館で)お金の稼ぎ方も学んだ。稼いだお金を捨てるのはもったいないかもしれないけれど、ゼロになるわけじゃない。小学館で学んだお金の稼ぎ方が、他のいろんなことにも言える(活用できる)と思う」

 また転職という決断からは、千代田氏のモチベーションの源も伺える。

「友だちとか、周りにいるやつらがめちゃくちゃ頑張ってて、そいつらと対等に話すため、一緒に頑張ってると思えるように頑張りたいという意識が強くあって。職場の居心地が良いとき、あんまり頑張れていないときって、友だちと会ってるときに居心地が悪い。『僕ってなにもやってないのに。こいつらは高みへ行って、もうええやんってところにいるのに、さらに高みへ行こうとしている』みたいな。そのときに『一体自分は何を?』と思ってしまう。僕もそこまで行ってみたい。もっと高みへ頑張ってみたいということを求めて転職した」

 外圧の存在とともに、自身の周りにいる存在から刺激を受けていると話す千代田氏。この話は小学館時代にマンガワン編集部のYouTubeチャンネル「ウラ漫」で話した内容「信頼される、褒められる。人間(他者)にポジティブな感情を抱かれることがうれしい」「(その優先度は)作家、友だち、編集部の仲間・読者」と重なる部分が大いにあるだろう。

「【給料のリアル】限界ギリギリ…不健康な漫画編集者【新連載&面接の極意】」YouTubeより

 小学館時代「ウラ漫」に出演していたことから、多くの作家・読者に顔と名前を知られるようになった千代田氏。転職を公にするため、今回「めちゃコミック」のYouTubeチャンネルの動画に出演したが、今後はあまり動画へ出るつもりはないという。かつての動画出演時には、作家に自身を知ってもらい、マッチング問題を解消するという明確な目的があった。しかし「今となっては、そのアテンション集めは十分かな」と冷静に分析する。

 自分自身をコンテンツとして注目を集めることにリソースを割くよりも、1人でも多くの作家に直接会う方がいい。だが、それは単にメディア露出から身を引くという意味ではない。「めちゃコミック」のブランディングの一環として、例えば「イケてるカルチャーの話」をするポッドキャストのような音声コンテンツであれば、やってみたいと意欲を見せた。

 「ヒリつきたい」。その言葉は、安定よりも成長を、予測可能な未来よりもワクワクする未知を求める、千代田氏の編集者としての業そのものなのかもしれない。ちなみに「ウラ漫」では千代田氏が小学館の最終出社日を迎える様子も収められている。

「【成田班長の1日に密着】心が○起するような漫画を作りたい・・・【千代田最後の出演も収録】」YouTubeより

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