『鉄鍋のジャン!』が「映像化不可能」と言われ続けたワケ ヤバすぎる料理バトルをどうアニメ化する?

 西条真二の名作漫画『鉄鍋のジャン!』が、2026年にテレビアニメ化されることが発表された。1995年から2000年にかけて「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)で連載され、累計発行部数1000万部を超える人気を誇りながらも、約30年間アニメ化されなかった理由は単純明快だ。「内容がヤバすぎる」――。 

 倫理もコンプラも無視する作風は、「映像化不可能」の烙印を押され続けてきた。それだけに今回の発表は、往年のファンは歓喜すると同時に、「いま令和だぞ!」「本当にやるのか?」という驚きを伴うニュースとなっている。

 主人公の秋山醤(ジャン)は、「中華の覇王」と呼ばれた料理人の孫であり、料理の腕は超一流。しかし、その顔つきは完全に悪役で性格も傲慢不遜、笑い方は「カカカカカカッ!」「ケケケケケケッ!」という不気味な高笑い。普通の少年漫画なら物語の途中で主人公に倒されるタイプのキャラクターである。その悪魔的な描かれ方は「料理漫画のデビルマン」と揶揄されたものだった。

 そんなジャンの信条はただ一つ、「料理は勝負」。そこに情けやフェアプレーは存在しない。勝つためなら何でもやるし、勝てばそれでいい。その姿勢を象徴するのが、序盤の料理大会で描かれた衝撃的なエピソードだ。ジャンが予選で出したのは、複数のキノコを調合したスープ。審査員はその味に陶酔し、「うまい、うまい」と叫び続ける。そして採点は、10点満点のはずがなぜか5万点。直後、審査員たちは幻覚状態に陥って倒れていく。実はそのスープ、「マジックマッシュルーム」の作用を利用したものだった。料理で審査員を“幻惑”し、物理的に勝利をもぎ取る。この時点で、多くの読者は悟ったはずだ。「この漫画の主人公、何かがおかしい」と。余談だが、マジックマッシュルームが麻薬原料植物として規制されたのは2002年で、当時は合法だった。

 しかしジャンの非常識さは、ここで終わらない。別の対決では、真面目で努力家の青年料理人と激突する。相手は時間と温度管理が命の繊細な中華料理を用意していた。ジャンはその弱点を見抜き、自分の料理を先に審査員へ出す。それは甘く優しく、食べただけで満腹感と幸福感に包まれるスープだった。審査員が完全に満たされた後で出された相手の料理は、冷めて油が重くなり、本来の美味しさを発揮できない。ジャンは対戦相手に向かってこう吐き捨てる。「お前の料理なんかだ〜れも食っちゃくれねぇよ!」。主人公のセリフとは思えない暴言だが、これこそがジャンという男の本質だ。

 さらに別の大会では調理場のガスを独占し、異常な火力で調理。その結果、火災警報が作動しスプリンクラーが起動、他の参加者の料理は水浸しになる。ジャンはそれすら計算済みで、自分の皿だけを守り切り勝利をさらう。もはや料理人というより策略家だ。

 ジャンは時に敗北もするのだが、人目もはばからず泣き崩れると、立ち直った瞬間にはこう叫ぶ。「おまえらも審査員もみんな血まみれにしてやる!!」。このメンタルの強さも悪役(ヒール)でありながら、読者が引き込まれてしまう魅力であった。

 作中には他にも、どうアニメ化するのか心配になってしまうシーンがテンコ盛りだ。鳩の生き血を搾る、犬鍋、ウジ虫入りの肉などはかなりグロテスクで生々しい。そして、令和のコンプライアンスでは完全にアウトなエピソードも山ほど登場する。マズい料理は平然と捨て、料理を邪魔する相手には暴力、虐待レベルの修行、未成年飲酒、審査員の愛犬を無断で捌いてその肉を調理する場面など挙げればきりがない。

 一方で、本作が名作と呼ばれる理由は過激さだけではない。XO醤や刀削麺、真空調理など、当時は最先端だった中華料理の知識や技法をいち早く取り入れ、料理漫画としての革新性も非常に高かった。料理研究家のおやまけいこ氏が監修についていただけあって、荒唐無稽に見えて料理描写そのものは驚くほど理にかなっており、「この作品で中華の奥深さを知った」という読者も多い。

 料理は勝負、勝負は非情。その思想を極端なまでに突き詰めた結果、生まれたのが秋山ジャンという“主人公らしくない主人公”だった。30年の時を経て、この危険な名作がどこまで原作の狂気を再現できるのか。2026年、再び響き渡るであろう「カカカカカカッ!」という高笑いは、料理漫画の歴史にもう一度、大きな爪痕を残すことになりそうだ。

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