話題の本『伝え方<話す・書く>の超基本』が示す、新しいコミュニケーションの基礎を身につける
仕事でも日常でも、「うまく伝わらない」ことは、もはや現代人の宿命と言っていい。Zoom会議での言い淀み、SNSでの小さな誤解、チャットの短文で生じる距離感。私たちは、コミュニケーションの手段が増えた一方で、「伝える」ことそのものが難しくなった世界を生きている。そんな時代背景の中で刊行された『伝え方<話す・書く>の超基本』(朝日新聞出版)は、“基礎に立ち返る”という明確な意図を持つ一冊だ。
■「伝える」は“高度化”している
かつては職場の会話とメールが中心だったコミュニケーションは、いまやSNS、社内チャット、オンライン会議、ボイスメッセージ、短尺動画と多層化した。媒体ごとに適した語彙やテンポが異なり、「同じ情報を伝えるにも複数の言語を操る」ような状態だ。
つまり、現代のコミュニケーションには、場に応じた伝達形式の切り替え。瞬時に要点を掴む力。誤解を生まない構造化が必要になる。本書が扱う「超基本」とは、単なる初心者向けのテクニックではなく、“複雑化したコミュニケーションの土台を再建する作業”と言い換えられる。
■「話す」と「書く」を別々にしないという視点
特筆すべき点は、本書が「話す」と「書く」を二項対立で扱っていないところだ。たとえば、ビジネスの場で起きる多くの摩擦は、言葉遣いそのものより**“意図が曖昧なまま伝えようとする”**ことから生じる。これは会話でも文章でも同じ構造を持つ。山口拓郎氏は、「伝えるとは目的×構造化」と繰り返し説いてきたが、本書でも「何を」「なぜ」「誰に」「どう」伝えるかという4要素が徹底して提示される。この横断的なアプローチは、話し方本でも文章術の本でも意外に触れられない。話す・書くというスキルの違いよりも、**共通する“思考の筋肉”**を鍛えることこそ重要——という、非常に現代的な視点だ。
■会話編は“聞く技術”を中心に据える
第2章・第3章で強調される「聞く」「話題をつくる」「伝える」の3段階は、コミュニケーションの“循環”を描くようだ。会話はキャッチボールという比喩がよく使われるが、本書では相手を主役にする姿勢が何度も強調される。
たとえば、「相手の意図を汲む相づち」「ズレた共感を避ける方法」「初対面で“安心感”を生む言葉」など、実際の場面を想像できる例が豊富で、すぐ実践に移せる。
興味深いのは、「会話は才能ではなく技術」という前提だ。コミュニケーションを“努力で改善できるスキル”と位置づけることで、読者の心理的ハードルを大きく下げている。
■文章編は「準備が9割」
文章を書くことに苦手意識を持つ人は多いが、本書はその原因を“準備不足”に置く。構成を練る前段階で、誰に向けた文章か。目的は何か。何を伝えたいのかを設計するという、シンプルだが抜け落ちがちな工程を徹底させる。
文章の技術を「言い回し」や「表現力」に求める風潮に対して、本書はむしろ**“論理構造”と“読み手の視点”**を強調する。一文一義、主語と述語の対応、無駄を削る——いずれも当たり前のように見えるが、この土台が曖昧なまま書こうとする人は多い。だからこそ、超基本に立ち戻る価値がある。
■AI時代に必要なのは“人間の言葉”を磨くこと
巻末にはChatGPTの使いこなし方もまとめられている。だが本書全体を通して伝わるメッセージは、「AIと共存するほど、人間の言語能力の基礎が問われる」というものだ。AIに文章を生成してもらうには、明確な目的と指示が必要で、それこそが“伝える力”にほかならない。本書で提示される思考整理法や構造化の技術は、そのままAIとの協働力の向上にもつながる。
情報過多、タイムラインの高速化、短文文化……。いまは言葉の量が増えた半面、意味が取りこぼされやすい時代だ。そんな社会で、本書は“伝えるとはどういうことか”を改めて私たちに返してくれる。難しいスキルよりも、根本の考え方に光を当てる。テクニックよりも、相手を思う姿勢を整える。そして、話す・書くを横断する「伝達の基礎体力」を鍛える。
『伝え方<話す・書く>の超基本』は、コミュニケーションの悩みを抱えるすべての人に向けた、まさに“現代の国語再入門書”である。