【漫画】苦楽を共にしたコンビ芸人の誰も信じない“過去”とは? 『サンサーラ:ビギニング』が描く友情が尊い

 前世でも深い関係だった2人が現世でも再会し、また別の形で仲を深めていく様子は胸が熱くなる。Xに10月下旬に投稿された『サンサーラ:ビギニング』は、時代を超えた2人の友情が描かれた作品だ。

 長身の男性・利売はある日、小太りで小柄な男性・百万石に連れられてお笑いスクールに通うことに。そこから2人は賞レースに挑戦したりなど、いろいろな挑戦を繰り返しながら人気お笑い芸人を目指して進んでいく。ただ、2人はかなり昔からつながりがあり、その記憶がちらちらと垣間見える――。

 転生要素を全面に押し出さず、あくまで現世を生きる2人に焦点を当てた挑戦的な本作を手がけたAZさん(@az_az1111_)に、制作中の思いなどを聞いた。(望月悠木)

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『サンサーラ:ビギニング』(AZ)

前世の記憶があまり描かれなかったワケ

――なぜ『サンサーラ:ビギニング』を制作したのですか?

AZ:同人活動をしている友人たちと制作した一次創作アンソロジーを今年の6月に発行したのですが、その際に自分が制作した17ページの漫画が本作のベースになっています。

――その作品はどういった内容だったのですか?

AZ:百万石と利売の2人がずっと漫才をしていて、一番最後に2人の前世の姿がやっと描かれ、そこまで披露していた漫才の内容が2人の前世の関係と重なっていることがわかる、という構成でした。その1本だけ描いて終わるつもりだったのですが、読んでくれた人からの反響が大きく、調子に乗ってこの2人を掘り下げた姿を描いてみるとどんどん膨らみ、本作を制作するに至りました。

――“前世では友達だった2人”の物語でしたね。

AZ:先述した一次創作アンソロジーには、「ファンタジー世界や大昔の時代など、かつて共に生きた2人が現代日本に転生して再び出会ったら」という共通テーマがあり、そのテーマに沿って作者はそれぞれ漫画や小説を制作する感じでした。

――なぜそこに漫才を軸に据えたのですか?

AZ:お笑い好きの友人に勧められ、『M-1グランプリ』(ABCテレビ・テレビ朝日系)を視聴した際、「“芸人2人がずっと漫才をしている姿を描いて、その内容が前世の話”という構成にしたら面白いのでは?」と考え、漫才を選びました。

——駆け出しの漫才師がスターダムに駆け上がっていく、というストーリーでした。

AZ:最初は既に活動しているお笑いコンビで考えていました。ただ、掘り下げているうちに「“売れっ子として活躍している成長後の姿”と“まだ実績も知名度もないけど夢に向かっている下積み時代の姿”を両方とも描きたい」と思い、2人が出会って養成所に入り、下積みを重ねて舞台に立つまでの長い年月を描くことにしました。

——2人の前世の記憶は明確には描かず、さりげなく示すだけに留めた理由は?

AZ:コメディ99%の物語に1%だけ添えられているシリアスが好きだからです。 基本的には“お笑い芸人2人の仲良く愉快な日常と成長”という現世の人生をメインに描きつつ、時々前世の要素を匂わせ、「読者にたくさん想像してもらいたい」と思い、こういう描き方になりました。

「M-1」のトロフィーがヒント?

――百万石と利売を描くうえで意識したことを教えてください。

AZ:お笑いに詳しくない人が見ても「絶対にお笑い芸人のコンビだ」と一発でわかる見た目にしようと考えました。そこで「M-1グランプリ」の優勝トロフィーの形状が“背の高い人と小さくぽっちゃりした人の漫才コンビのシルエット”なので、そのイメージに沿った2人組に決めました。

――確かに“お笑いコンビ感”が伝わるシルエットをしていますね。

AZ:また、百万石は“実際にいそうな人”をイメージし、世に出ているぽっちゃり体型のお笑い芸人さんを参考にしながら見た目やキャラクターを固めていきました。初期構想ではもっとガッシリしたおじさんだったのですが、描いているうちにどんどん丸く可愛くなってきてしまいました。

――利売のほうは?

AZ:百万石は“実際にいそうなコメディアン”に振り切った見た目になったので、「二次元のイケメンにしよう!」となり、美形、長身、片目、ギザ歯、若い頃は長髪、ファンタジー人外な背景持ちなど、好きな要素をいっぱい足した贅沢なキャラにしました。

——セリフは書かずに表情のアップを映して“漫才をやっている風”にはせず、しっかりと漫才のシーンを描いた理由は?

AZ:読者に「この2人の“芸人としての姿”を最初に知ってもらいたい」と思い、「だったら本当にちゃんと漫才のネタをやっているところを見てもらうのが一番だな」と考え、お笑い素人ながら頑張ってセリフを考えました。

——漫画では言い方や間などが伝わりにくいため、セリフなども苦労したように思いますが。

AZ:本当にその通りで大変でした(笑)。 セリフのフキダシはなるべく細かく分けて読みやすく、構図や視点も正面・引き・横・後ろなど、なんとかバリエーションをつけています。その反面、人間2人がずっと喋っているだけなので、基本的に“顔漫画”になり作画コストは低かったです。

——漫才中の劇場内に漂う空気感や緊張感も表現されていたように感じました。

AZ:漫才中に時々観客の表情が映るコマを差し込むようにして、その観客の人々を“顔の見えないモブ”ではなく、なるべく一人ひとりちゃんと描きました。お笑いを題材にした漫画を制作するにあたり、初めてお笑いライブを見るために劇場に足を運び、客席の人々を見渡した時の景色を思い出しながら描いています。

――今後はどのように漫画制作を展開していく予定ですか?

AZ:本作は「コミティア154」で発行する新刊の冒頭50ページで、新刊にはこの後さらに60ページほどの短編集がついた、総ページ数110ページにのぼる2人の物語が載っています。そして、今回の新刊にも収まりきらなかった2人のエピソードがまだまだたくさんあるので、しばらくはこの2人の物語を同人漫画として楽しく制作したいです。個人活動、企画活動ともに現状はまだ趣味の範囲内ですが、ご興味があれば私のXを追ってもらえたら嬉しいです。

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