劇場版『チェンソーマン レゼ篇』原作に“プラス”した要素 レゼの心情を伝える絶妙な演出とは?
※本稿は『チェンソーマン レゼ篇』のネタバレを含みます。
公開直後から大ヒットを記録し、多くの原作ファンから「期待以上の出来だった」と評価されている『チェンソーマン レゼ篇』。その背景には、演出面やシナリオ面でのさまざまな工夫が存在する。そこで今回は原作とアニメ版の内容を比較し、両者にどんな違いがあるのか紹介していきたい。
同作は公安対魔特異4課のデビルハンターとして働く主人公・デンジが、謎めいた少女・レゼと出会い、急速に仲を深めていくが、その先に思わぬ運命が待ち受けている……というストーリー。こうした筋書きは原作に準拠しており、いわゆる“アニオリ”展開はほとんど入っていない。
ただしアニメ版は原作よりも細部の描写がより丁寧になっていて、受け手がキャラクターに感情移入しやすい作りとなっている。とくにそのことが顕著に伝わってくるのが、レゼの心情描写だ。
たとえば同作の終盤では、レゼがアルバイト先の喫茶店に行くために階段を上り、路地に入る姿が描かれている。これは序盤のシーンを反復したものだが、終盤ではデンジとの約束のために駆け足になっているという違いがある。
原作でもレゼは路地に差し掛かったところで駆け足になっているものの、そのことを読み取れるのは1コマのみ。注意深く読まないと気づけない描写と言っていいだろう。しかしアニメ版ではこうした違いがはっきりと認識できるように描かれており、観客がレゼの心情の変化を理解しやすくなっていた。
その一方で、デンジ側の心情描写もより丁寧になっている印象。たとえば原作ではそこまで長くない夜の学校や夏祭りデートの模様が質感たっぷりに描かれており、ひと夏の青春を描いた物語のような完成度に仕上がっている。さらに映画の構成として冒頭にマキマとの映画デートを配置することで、「好きな相手がいるのに運命的な出会いで気持ちが揺らいでいく」という心の流れに共感しやすくなっているのだ。
なお今作のパンフレットでは𠮷原達矢監督が、レゼがデンジにボディタッチする描写を増やしたという話も明かしていた。元々原作の時点でボディタッチする場面は多く存在するため、これは“あくまで原作に沿った方向性でキャラクターの解像度を高める”という演出方針だと理解できるだろう。
戦闘シーンが限界までボリュームアップ
また今作は、“アニメならではの表現”が活かされていることも特徴的だと思われる。とりわけ注目すべきはデンジ&サメの魔人とボムの戦闘シーンだ。
原作ではあえて細かい動きを省略し、決めカットの連続によってスタイリッシュでテンポのいいバトルを描いていたが、アニメでは“どんな風に戦っているのか”をしっかり穴埋めする形で描写している。
また本作の例外的なアニオリとして、ボムの戦闘が大幅に増量されていることも印象的。とくにデンジ&サメの魔人との戦いは高層ビルや氾濫する血の海など、さまざまなシチュエーションでの攻防が追加されている。
さらに空を覆いつくすほどのミサイルを放ったり、花火を彷彿とさせる美しい攻撃を放ったりと、“爆弾”を使った攻撃のバリエーションが多数登場。圧倒的な作画力も相まって、度肝を抜かれるほどの戦闘シーンとなっている。
そのほか戦闘中にBGMとしてマキシマム ザ ホルモンの「刃渡り2億センチ(全体推定70%解禁edit)」が流れるという演出もあり、アニメならではの盛り上げ方を追求していることがひしひしと伝わってきた。
とはいえ今作には一貫して、確固たる原作リスペクトの精神があった。「刃渡り2億センチ(全体推定70%解禁edit)」が流れる演出にしても、決して唐突ではなく、車の無線が故障してカーステレオから大音量が流れ出すという原作の描写を踏まえたものだ。
さらに強烈な印象を受けるのは、デンジ&サメの魔人が台風の悪魔と戦う場面。決着の瞬間に、原作のコマを再現するような決めカットがまったく違和感のない形で挟まれている。しかもこの場面では、単行本表紙でお馴染みのサイケデリックな色彩も使われていた。
こうして一部分を振り返るだけでも、原作再現度の高さを意識しつつ、劇場アニメとしての完成度を高めるという巧みなバランス感覚が伝わってくるはず。まさに理想的なアニメ化の形と言えるのではないだろうか。
現在『チェンソーマン レゼ篇』は、公開17日間で興行収入43億円を突破するほどのヒットを記録中。新規層はもちろん、原作ファンのリピート効果もあり、さらなる熱気を生み出しそうだ。