高橋一生の2次元キャラ再現はもはやスタンド能力? 『岸辺露伴は動かない』の恐るべき演技力

岸部露伴を迎え、開放される水上都市

 『岸辺露伴は動かない 懺悔室』の舞台はヴェネツィア。舞台が外国になっても実写化オリジナル要素のナビゲーターが最初に登場する。上述した中村まこと&増田朋弥コンビは、第3期第7話「ホットサマー・マーサ」でさらに広告マンに扮していたが、さすがにオールヴェネツィアロケとあってイタリア人俳優によるスリ役に置き換えられてはいる。映画冒頭、イタリアの大学から招待を受けた露伴が、編集者・泉京香(飯豊まりえ)より先に入国して、海に浮かぶ都ヴェネツィアを散策する。その散策中、初っ端からスリ二人組にからまれる。そこはお約束通り、逃げようとするスリたち目掛けてヘブンズ・ドアーをしっかり発動する。しかもちゃんとイタリア語で。

 イタリアでも変わらずお茶目な導入場面なのだなぁと、うかうかしている場合ではない。露伴はすられた財布と誰の持ち物かわからない仮面を手に取るのだが、『アイズ ワイド シャット』でトム・クルーズが装着していた風のこの仮面が早々に不気味さを醸す。しかも散策といっても、賑やかな観光地をゆったりぶらぶらというのでもない。スリたちや仮面をかぶった謎の男以外、まるで人がいない。不気味である。露伴が散策するサン・マルコ広場やその周辺の小道は、同じくヴェネツィアを舞台にした名作『ベニスに死す』(1971)のように閑散としている。第一次世界大戦前夜、コレラが蔓延するヴェネツィア内でひとりの美少年を求めて彷徨う作曲家の顛末を描いた同作の道程をなぞるように、『岸辺露伴は動かない 懺悔室』はあくまで時代設定が現代だというのに、話題はペストやら仮面やら呪いやら厭世的である。

 原作では、短編ということもあって、タイトルにある教会の懺悔室がすぐにでてくる。そこで神父に間違われた露伴が、(映画では仮面をかぶっている)謎の男の告解を聞く。映画でも割りと序盤で懺悔室場面を配置。謎の男が語る呪いの物語がほとんど原作通りに2回の回想場面として再現される。

 この前半に対して、後半は井浦新演じる仮面の男にかけられた呪いが連鎖する完全オリジナルストーリー。さらに原作は懺悔室ワンシチュエーションと回想で描くが、映画はヴェネツィアのロケーションをこれでもかとフレーミングする。サン・マルコ広場周辺を歩く露伴を極端なローポジション、ローアングルで捉え、そびえる建物と建物に取り囲まれる露伴の孤高の佇まいが際立つ。露伴と京香が偶然オペラチケットをゲットしてヴェルディのオペラ『リゴレット』を観劇する場面まである。まさにヴェネツィア尽くし。

 『リゴレット』は1951年にヴェネツィアを代表する歌劇場であるフェニーチェ劇場で初演された。1597年にフィレンツェで誕生したオペラだが、貴族独占から一般市民にオペラを開放した最初の歌劇場であるサン・カッシアーノ劇場が建てられたのもヴェネツィアである。ヴェルディ・バリトンが躍動するリゴレット役(道化師)の設定と仮面男の顛末を重ねたり、有名オペラと連動する本作の工夫が果たして映画的かどうかは留保すべきだが、でもオペラを開放した水上都市をローポジション、ローアングルで捉える画面上で岸部露伴を迎え、そのエキセントリックなキャラクター性を開放しながら、高橋一生がヴェネツィアでも気を吐く、凛とした横顔、そしてその声色は美しい。

関連記事