「チ。」「ピンポン」「デデデデ」……青年漫画誌「スピリッツ」のアバンギャルドさと革新性を分析

◼️いかにして『チ。』が生まれる土壌は作られたか

 「ビッグコミックスピリッツ」は、1980年、先行する青年コミック誌である「週刊ヤングジャンプ」(集英社)と「週刊ヤングマガジン」(講談社)の競合誌として創刊された。創刊当初は月刊誌だったが、隔週での発行期間を経て、1986年以降は週刊誌になった。

 歴代のヒット作としては、『めぞん一刻』(高橋留美子)、『軽井沢シンドローム』(たがみよしひさ)、『YAWARA!』(浦沢直樹)、『美味しんぼ』(作・雁屋哲、画・花咲アキラ)、『東京ラブストーリー』、『あすなろ白書』(柴門ふみ)、『ツルモク独身寮』(窪之内英策)、『東京大学物語』(江川達也)、『月下の棋士』(能條純一)、『ギャラリーフェイク』(細野不二彦)、『闇金ウシジマくん』(真鍋昌平)、『あさひなぐ』(こざき亜衣)などがあり、これらのタイトルからは、同誌も基本的には、前述のような“メジャー路線”を狙っている雑誌であるということが伺えるだろう(余談だが、アニメ化ではなく、実写化される作品が多いのも「スピリッツ」の特徴の1つである)。

 しかし、その一方で、以下のようなアヴァンギャルドな作品群が、その時々の漫画界に強烈なインパクトを与えてきたという事実も無視はできまい。

高橋しん「最終兵器彼女(1)」 (小学館)

『わたしは真悟』、『14歳』(楳図かずお)、『パパリンコ物語』(江口寿史)、『伝染るんです。』(吉田戦車)、『クマのプー太郎』(中川いさみ)、『サルでも描けるまんが教室』(相原コージ、竹熊健太郎)、『鉄コン筋クリート』、『ピンポン』(松本大洋)、『ぼくんち』(西原理恵子)、『七夕の国』(岩明均)、『団地ともお』(小田扉)、『うずまき』(伊藤潤二)、『8 エイト』(上條淳士)、『最終兵器彼女』(高橋しん)、『ホムンクルス』(山本英夫)、『アイアムアヒーロー』(花沢健吾)、『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』(浅野いにお)、そして、『チ。』。

 さらにいえば、先ほど“メジャー路線の作品”として名を挙げた『めぞん一刻』の高橋留美子も、『YAWARA!』の浦沢直樹も、本質的には「マイナーな精神を持ったヒットメーカー」なのだと私は思っている(文字数の関係もあるため、ここではこれ以上深堀りはしないが、高橋も浦沢も、80年代のいわゆる「ニューウェーブ」の流れを汲む作家なのだと私は思っている)。

 いずれにせよ、こうした尖った作品の数々は、セオリー通りの企画会議からは絶対に生まれてこない類いのものである(たとえば、『うずまき』の怖さや、松本大洋の絵の凄みを、あなたはマーケティング会議の席で、営業部や宣伝部の人たちに理屈で説明できますか?)。逆にいえばこれは、「ビッグコミックスピリッツ」編集部には、メジャー路線を狙っている「王道」の編集者とは別に、マイナーな(あるいはアヴァンギャルドな)作品の“世界を動かす力”を信じている編集者が何人も存在する、ということの証でもある。

 むろん、その種の編集者は他誌にもいるだろうし、長い年月の間には、徐々に編集部の顔ぶれも入れ替わっていることだろうが、少なくとも、マイノリティが既成概念を覆していく姿(革新性)と、時代を越えた「感動」の継承(普遍性)を描いた『チ。』という物語が、同誌で始まったのは必然の流れだった、ということだけはいえるだろう。

 そう。「ビッグコミックスピリッツ」の「SPIRIT」とは、失敗を恐れず、新たな世界を目指し続ける“開拓精神”に他ならないのである。

[参考文献]

『物語の構造分析』ロラン・バルト/花輪光 訳(みすず書房)

『カフカ マイナー文学のために〈新訳〉』ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ/宇野邦一 訳(法政大学出版局)

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