グラフィティ、演芸写真と高座の落語、復元模写……文章化が困難な題材に挑む新人作家たち

 世の中には、こんなにも小説を書きたい人がいるのか。そういいたくなるほど毎年々々、大量の新人がデビューしている。そこで今回は、新人賞を受賞した三人の作品を取り上げてみたい。どの物語も現代が舞台。そして作者は若い世代である。

 まず最初は、第三十一回松本清張賞を受賞した、井上先斗の『イッツ・ダ・ボム』だ。題材はグラフィティである。ちなみにグラフィティとは、おもにエアゾールスプレーやマーカーを用いて街に描かれた名前や絵柄のこと。また、ボムと呼ばれる、街にグラフィティを書いたり、ステッカーを貼ったりする行為(もしくはその痕跡)で、特に違法に行われるているものが、重要な小道具になっている。

 ストーリーは二部構成だ。前半の主人公は、ライターの大須賀アツシ。世間を騒がせるグラフィティを連発している、正体不明のブラックロータスのことを本にしようと取材を始める。といっても本当の目的は本を出版して、自分の知名度を高めることだ。ブラックロータスのグラフィティを紹介したフォトグラファーの大宅裕子や、グラフィティを書いている戸塚千里、ONENOW、TEELに取材をするうちに、グラフィティへの理解を深め、魅了されていくアツシ。だが彼は、ある意外な事実に気づくのだった。

 その意外な事実は、読んでのお楽しみ。第二部はTEELが主人公になるが、こちらの展開も意外なので、粗筋は控えよう。「日本のバンクシー」といわれるようになったブラックロータスの正体と、彼の目的が、興趣に富んだストーリーと共に明らかにされる。ブラックロータスの目的の根底には、いかにも現代の若者らしい感覚があり、TEELとの対比によって、それが強まる。名もなき者たちが上げた、自己の存在を主張する声。作中で書かれているように、グラフィティはシグナルなのだろう。そのグラフィティの変化を通じて、作者は今という時代を切り取っている。

 二冊目は、第十五回小説野性時代新人賞を受賞した、関かおるの『みずもかえでも』だ。落語好きの父親に連れられて寄席に行った宮本繭生は、演芸写真家の真嶋光一に惚れこみ、弟子入りを志願する。しかしある日、自らの衝動に突き動かされ、楓屋みず帆の高座中にシャッターを切ってしまった。そのまま真嶋のもとを逃げ出し、ウェディングフォトスタジオに就職する。ところが、新たな結婚式の仕事で出会った新婦が、みず帆であった。高座の件で繭生を嫌うみず帆。それにより繭生に付いていたアルバイトの小峰が写真の担当になり、繭生はアシスタントに回るのだった。

 一度は目指していた道から逃亡した繭生が、因縁のある相手とのあれこれを通じて、再び演芸写真家を目指す。主人公の挫折と再生というテーマはありふれているが、演芸写真家という珍しい題材で読ませてくれる。落語や学習障害も巧みに組み入れたストーリーの完成度は高い。そして何よりも評価したいのが、演芸写真と高座の落語の描き方。どちらも文章で表現することが難しい。そのふたつを融合させることで、場面が絵で浮かぶほど、鮮やかに表現されているのだ。新人離れした技量といっていい。

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