速水健朗のこれはニュースではない:映画『スオミの話をしよう』と紀州のドン・ファン事件について

 ライター・編集者の速水健朗が時事ネタ、本、映画、音楽について語る人気ポッドキャスト番組『速水健朗のこれはニュースではない』との連動企画として最新回の話題をコラムとしてお届け。

 第17回は、映画『スオミの話をしよう』と紀州のドン・ファン事件について。

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「スオミの話」の擁護をしよう

 ネットの評判には、一定の真実がある一方、薄い意見だけが目立って広まる傾向もある。三谷幸喜の新作『スオミの話をしよう』。ヒットしているようだけどネットの評判は悪い。三谷映画ではいつものこと。公開から3週を経て映画館で観たが、人も大勢入っているし、劇場には笑いも起きている。

 スオミという女性は大富豪の妻。そのスオミに振り回される4人の元夫たちが一同に集まってしまう話。謎が明かされるのは最終盤だが、どう見ても端から狂言誘拐の物語である。スオミはケチな富豪の詩人(坂東彌十郎)の妻で、金に不自由しないリッチな生活をしている。なのになぜ狂言誘拐なんて試みたのか。元夫の1人である草野圭吾(西島秀俊)が、無意識のうちに発していた台詞がある。彼女は自由がなかったのではないか。

 ちなみにスオミ(長澤まさみ)の狂言誘拐を手伝う親友・薊を宮澤エマが演じている。2人は結局、狂言誘拐に失敗して金を手に入れ損ねる。でもめげずに、コンビを続けるラストが描かれる。ここでこの物語が紀州のドン・ファン事件を参照している可能性に気が付いた。

 紀州のドン・ファン事件は、高齢の資産家が不審死した事件だ。当時の妻(25歳)が殺人容疑で逮捕されたが、2024年10月段階で裁判中。白黒ははっきりしていない。ドン・ファンの家には、家政婦がいた。彼女も謎多き人物で、シャネルのスーツがトレードマーク。この家政婦が登場したときには、週刊誌やワイドショーは、妻も家政婦もどちらも怪しいぞと盛り上がった。そこからの展開は意外なものだった。両者は、いがみ合いも揉めもせず、妻と家政婦は仲が良いという風に話が進み、一緒に六本木でクラブをオープンするという話まで持ち上がった。まさかのシスターフッド展開。

 富豪とトロフィーワイフの不自由。ドン・ファン妻は、夫の高価な絵の売却を試みたことがあったという。彼女は、なぜそこまでして金が必要だったのか。そもそも、富豪の妻として裕福な生活を送っていたはずなのに。富豪の妻の生活はどのようなものだったのか。高級な服やぜいたく品には困らなかっただろう。ただ、それだけだったかもしれない。自由になるお金はなかった。

野崎幸助『紀州のドン・ファン 美女4000人に30億円を貢いだ男』(講談社)

 ドン・ファン(紀州)の本を読むと、彼の人生観、金銭への執着、女性観が見えてくる。彼にとって、女性は金で従えるもの。トロフィーワイフは、自分の自由にできるお金は与えられなかっただろう。その不自由さがスオミの不自由さと重なる。また、あくまで憶測だが、宮澤エマの役は、当初家政婦だったのではないか。それだとあからさまにドン・ファン事件のままなので、友だちの弁護士って設定に変えたかもしれない。

 スオミと5人の夫の話。彼らは皆、自分だけは特別だと思いたい。これは恋愛の本質であり詐欺の本質でもある。他の人はただ騙されたけど、自分だけは愛されていたに違いない。自分だけは特別。人間って皆、そう思って生きている。ロマンス詐欺も、ガールズバーやホストのビジネスも多かれ少なかれ、そういうところがある。

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